(弥生参拾日) 行政サービス  社会

NHKで岡山市の行政サービスの問題を取り上げていた。バブル崩壊後、地方の衰退は目を覆うばかりである。中国地方の岡山市でさえ、借金過多の状況は変わらない。このままではあの夕張市と同じ財政再建団体になる可能性さえあるという。岡山市の事業というのは2100に及ぶ。この気が遠くなる事業の再構築というのは言うは易く行い難しである。住民へのサービスを100%提供することが、当たり前とされた右肩上がりの経済は、地方では崩壊している。

住民のエゴという問題もある。今まで都市計画税を納税してきたのに、いまさらという意識が底辺にあるのである。なぜ我々のときに限って、出来なくなるのかと。しかし、考えてみれば金がないのに国が助けてくれるだろうという甘い見通しの下で、野放図に湯水の如く税金を使い続けてきた行政の責任は大きい。

膨張する行政サービスの問題は南の島でも同様である。甲子園で有名になった八重山商工高校がある石垣島。ここに団塊の世代が本土から移住し、ニュータウンを形成しつつある。そこには行政サービスを当たり前と考える新住民も多く、地元の住民との軋轢も出てきている。

この国は自分たちのことは自分たちでやろうという気概に欠けている。お上が何とかしてくれるという時代は終わったのである。行政サービスとは何かという本質的な問題意識が問われているのである。かんぽの宿とかグリーンピアとか無駄な公共投資がいかにその後に問題を残していったか。未来を描けないものに現実を任すわけにはいかないのである。
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