(皐月壱拾五日) 少年法  社会

TVで少年法を巡って政治屋とタレントが議論を戦わせていた。最後は息子を殺された母親が登場し、廃止に賛成が多数派と相成った。しかし、この人たちは現行の少年法がどういう過程で成立されたのか、たぶんご存じないだろう。

現行刑法は1907年(明治40年)に公布された。この刑法は旧ドイツ刑法を下敷きにして作られた。これに対して少年法の公布は1948年である。こ少年法が欠陥なのは、少年が凶悪犯罪をおかしうる、という前提を無視しているからである。法治国家である日本において少年法は、第一条で「この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年及び少年の福祉を害する成人の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする。」とされた。健全な育成を目指すのは結構だが、殺人や強姦など凶悪犯罪は決して非行という生易しいものではない。微罪と凶悪犯罪を区別するという戦前の少年法をも無視した張本人は、戦後のGHQとりわけPSD/PB(公安・行刑)主任のB・ルイスが母国で果たせなかった夢、つまり少年が凶悪犯罪を犯さない、死刑にもならない幻の国を極東の小国で実現せんと、日本側の提案を尽く退けて、刑法や当時進行していた憲法草案にも反する奇怪な少年法を押し付けたのである。

幻想のために凶悪犯罪者を裁かないというのは法治国家ではない。憲法改正にご熱心な政治屋は、その前に少年法の全面改正が先であることを実行されたい。
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