(卯月壱拾壱日) 一流と二流  社会

《プロ野球の選手なら、だいたい誰でも、2割は打てる、2割5分くらいまではいく。チャンスさえ与えられれば、そのくらいの数字は皆残します。〔中略〕年間で500打数として、125本ヒットを打てば0250で、150本なら0.300、凡庸といわれる0.250の選手はだいたい半年かけて125本、一流といわれる3割の選手が150本で、その差は25本。野球はだいたい半年かけて一シーズンですから、一週間でみるとわずかヒット1本の差です。プロ選手(.250)から一流選手(.300)になるところというのは、本当にほんの少しの差なんだけれど,そこを乗り越えるためには、全然違う何かが必要になる。》(齋藤孝氏との対談『私塾のすすめ』での梅田望夫氏の発言)

勿論、全員が一流をめざしているわけではない。どんな世界でも一流を目指し続ける人とそうでない人がいる。途中であきらめてしまうという意味ではなく、その分野のプロになることで充分と考える人が後者である。しかし、一流を目指す人はたいていは諦めないものである。

どちらが幸せかはなかなか難しい。一流を目指しているのに一流になれないことがほぼ明らかになっている状態は苦しいし、結果が出ていないのに自分が一流と思い込んでいるのは滑稽でもある。

自分は一流にはなれないが、今の仕事を続けられることで充分という人は幸せだろうし、さらに向上することを楽しんでいる人はもっと幸せではないだろうか。
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