(皐月六日) 秋葉原通り魔殺人事件  社会

何とも悲惨な事件でその場に居合わせた人の恐怖を考えれば、他人事ではないが、この事件もほとんどの人にはグラデーションのように、自分との距離が離れるに従って、悲しみも薄れていくものである。たとえ100人が虐殺されることよりも人間は自分の爪がはがれたほうが痛いし辛い。これは悲しいかな人間の性である。地球上で繰り返される無数の理不尽な死に対して、自分の大事な人が死んだときと同じ悲しみは感じられないのである。

もちろん突然人生を壊されてしまった被害者やその遺族に何の責任もない。100%犯人が悪い。これを朝日新聞の加藤編集委員のように加害者の生い立ちや環境に原因があるような言い方をすれば、被害者は唖然とするしかない。これも痛みのわからない人間の典型なのである。人権を旗振りにする朝日新聞の狂気はほどほどにしたほうがいい。

しかし、自分があの場にいれば何ができたかとう質問に対して、私は答えを持たない。日垣隆氏が言うように、人間関係の距離の違いで対応が違うのは当たり前であり、「俺なら、黙っちゃいない」と憤る人も少なくないが、そこにいないのに一方的に非難するのは傲慢で卑怯そのものだ。そこにいる人が動けなければ、自分も動けなかっただろうと思うのが普通である。手出しをして、もっと事態を悪くすることさえある。自分の力が到底及ばないと知りつつ、それでも自分は何ができるのかと必死に考える。大事な人を命がけで守るというのはそういうことではないだろうか。
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(皐月五日) 田植え  プライベート

私の西宮の家の隣は田んぼで、今日田植えが行われた。もちろん機械で植えられ、農家のおじさん(でも若そう)が一人で淡々と行っていた。あっという間に小さな苗が水面に綺麗な行列を作っている。気がついたのだが、金曜日遅く家に着いたときは、蛙の大合唱で窓を開けていると眠れないぐらいだが、朝になると何の声もしない。代わりに我が娘の元気な叫び声?が響いていた。(苦笑)

例の秋葉原の事件で、心配した年老いた両親から電話があり、四国でも今日姉夫婦がやってきて我が家の田植えを済ませたという。何の音沙汰もないので電話をしたといわれると、またまた苦笑いを浮かべるしかない。親はいつまでも心配してくれるもので頭が上がらない。そう思っていたら、東京に住む長男から愚妻に電話があり、今度は愚息の心配をする親に変身していた。

田舎でのんびりと田植えを手伝っていたのは遠い昔話になってしまった。でもこの田植えで私はもちろん、我が家の子供たちはおじいちゃんとおばあちゃんの作ってくれたお米以外は生まれてこの方、食べたことがない。本当にありがたいことである。
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(皐月四日) カイゼン  プライベート

企業の「カイゼン」ではなく、私の体のことである。昨日血圧の薬が切れ掛かったので、京橋の内科にいって診察を受けて、またまた一か月分の薬を貰うことになった。

一ヶ月前の血圧が188-120だったのが、137-85と大幅に改善し、血糖値も188から136に急降下。まあ、ヘルニアの手術のあとのダイエットのときの数値にはまだまだですが、ようやくまともな数値になったということです。でもこれは薬の効果であり、体型的には大幅改善が必要でしょうが、明日倒れても不思議ではないといわれていたのだから、薬の投入も止むを得ないものだった。

これに甘んじることなく、食事運動とともになんとかすっきりしたいものである。今回はさらにコレステロールを減らす薬まで飲む羽目になって、いささか薬漬け状態です。でもこの病院今月で閉鎖だそうです。医者も大変のようですなあ。でもその前のバーゲンで薬漬けにしたのじゃないだろうなあ、ははは。

ようやくアップできました。西宮の自宅のパソコンからです。
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(皐月参日) 計算サイト  プライベート

私が陰暦フリークというのは再三申し上げているので、覚えてくれている方も多いようだ。先日も日本橋で飲んでいたら、知人から同席の方にそのように紹介されたりもしたこともあった。でも陰暦手元に暦があればすぐ分かるが、最近の普通のカレンダーではそこまで記述しているものは少ない。そういう中で役立つのがこの計算サイトである。

このカシオのサイトは優れものである。生活ばかりでなく、統計関数は当たり前で、特殊関数まで網羅しており、文系の私にはちんぷんかんぷん状態だが、理系の方でも忘れている人も多いのではないだろうか。

早速仕事で使わせてもらっているし、「お気に入り」にしておいていいのではないだろうか。

ところで6/6現在、アップが出来ておりません。東京で使っているVAIOの調子が悪く、ネット環境に対応していない。別のパソコンからとも考えたが、さほど問題が無いブログだけにもうしばらくお待ち下さい。
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(皐月弐日 芒種) お返し  プライベート

会社のメールチェックをしていたら、昨日誕生日だった愚息からのメールが目に付いた。わざわざ会社のアドレスに送りやがってと少々気分を害していたが、内容を見ていると、同報メールのようで内容も若者らしく明るい。周りの人からバーズデーメールを貰ったのかもしれないが、社会人二年目でいろいろなひとからかわいがってもらっているのであれば、親としては安心するばかりだ。

先月の食事のときは少々わがままを言っていたが、それを許されるのは親父の前だからというのであれば、それはそれでいい。自分の仕事を誇りに思えばこそ、日々の仕事を出来るものだろう。

携帯メールで会社までは要らないぞと送ったら、返しにプレゼント楽しみにしてる、と送り返してきた。がっちりしている、これは遺伝かな。
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(皐月壱日 朔) 挨拶  プライベート

今度入った会社では月に一度のペースで、朝に社員の前で一言を喋る機会がある。今日は野球に例えて、一流のプロとは、というテーマで話した。先月このブログで書いた焼き直しである。

人前で話すというのは、それも大勢の前で話すというのは緊張感を伴うものである。人見知りの私は結構大変なのである。今日も何度かかんでしまい、話の本質を伝えられたのかという疑問が残ってしまった。(笑)

これもプレゼンの一つかもしれないが、最近決算説明会で上場会社の社長が話すのを見ていても、慣れた人や原稿を棒読みする人など様々である。人を動かすのは言霊であり、それを操る難しさは人それぞれだろうが、私の場合はもう少し修行を重ねる必要がありそうだ。
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(卯月参拾日) 文化感覚  社会

ちょっとくさい話だが、外出していて用をもよおしたのでトイレに駆け込んだ。ひとしきり落ち着いた後、ドアがノックされた。それもトントンではなく、5回も6回もドンドン叩くのである。こちらは何だこいつは、と思わず構える。すると妙なアクセントで「入ってますか?」???

ようやく身支度をして出てみると、でっかい外国人が「Sorry」といって代わりに入って行った。考えてみれば、日本人であればトントンと普通は2回叩くところである。振り返ってみると、アメリカでホテルに滞在していたとき、ボーイさんがドアをノックするときも小刻みに5,6回叩かれたのを思い出した。アメリカ人にとってノックするのはあれが普通なのである。

しかし、日本では殆どが2回だ。これを誰から教えてもらったと自覚する人は少ないのではないか。いわば日本の文化としてドアをノックする場合は2回でなっているのである。文化感覚の距離を感じた日だった。
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