(葉月壱日 朔) ダイエット  プライベート

ダイエットを覚悟した日に、NHKで「地域発!ご近所の底力」の再放送があり、妙案メタボ退治・9割成功ダイエットというタイトルだった。こう巡り合わせが重なると、本格的に取り組めという思し召しであろう。

朝の簡単なダイエット体操を見たので、早速試してみる。う〜ん、結構きついですなあ、これを5セット。何事も継続は力ですから。

久しぶりの晴れ間が見え、外の空気を部屋に入れる。少し汗がにじむ。消費カロリーをあげないといけないし。でもなかなか空腹感には勝てないし、いらいらしてきそうである。でも愚妻にも言われたが、酒をやめれば確実にやせられることは以前にも経験あるし、来週は少し禁酒することにします。
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(文月参拾日) 社内行事  プライベート

100年を迎える企業というのは日本でもそんなに多くはない。私が在籍した山一證券も100年目に廃業となったし、日本興業銀行もそのDNAは、みずほに引き継がれたものの設立100年目にその役目を終了している。

そんななかで私が今年転職した会社は100周年を迎えた。それを記念して社員が集まって、これからの会社の経営方針を確認し、来賓を招いてのパーティーをホテルで行った。私も演台にあがり担当部署の方針を説明したが、いきなりパワーポイントで手こずってしまい、もう大変。あせってしまい、本来の時間の半分もかからず、進行係を慌てさせたようです。

でも企業業績が悪化する記事しか見ない昨今、こうしたことで社員の士気を鼓舞することはかえっていいことではないでしょうか。なにもすべてを縮小していくだけが能ではないはずである。

そうそうパーティーで恒例のくじ引きがあって、体重計をゲットしました!最近リバウンドが激しく、実家から持ってこようかと思っていた矢先でしたので。でも門仲にかえって測ってみると、なんと100!昔の0.1トンに逆戻りです。これはやばい、ちょっと本格的にダイエットします、ハイ。
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(文月廿九日) 総合経済対策  政治

報道によると政府・与党は28日、原油高や食料高などに対応するための総合経済対策の骨格を固めた。所得税などの一定額を減らす定額減税の扱いは結論を持ち越し、29日午前に詰めたうえで正式発表する。定額減税など調整中の項目を除く事業規模は10兆円程度となり、財政支出を伴う「真水」は1兆円を超える見通しらしい。

与党の経済対策は、バラマキそのもので、高速道路の料金引き下げ、住宅ローン減税の延長・拡充、学校給食費の保護者負担の軽減、麦の値上げ縮小政などで1兆円程度の財政支出であり、これに定額減税を入れたら、いくらになることやら。2〜3兆円になることは必定である。

建前では現在の不況をなんとかしたいというものだが、本音は、来年には必ず衆議院選挙があるし、都議会選挙もあることから、選挙のためには出来るだけ多くカネをバラマキたいということである。政権死守のためなら何でもするということである。誰も国がどうあるべきかなどと考えていないようだ。
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(文月廿八日) 合掌  社会

 アフガニスタンでNGOの日本人、伊藤和也さんが誘拐され、最悪の結果が伝えられた。本日は彼が5年前にペシャワール会に入会する志望の動機の全文を朝日新聞より転記します。私は日本人として彼のような若者を誇りに思います。どんなに苦しいときがあっても命を奪われる危険にさらされてない自分がとても幸せな存在であると痛感しています。お読みでない方はぜひ読んでいただきたいと思います。


私がワーカーを志望した動機は、アフガニスタンに行き、私ができることをやりたい、そう思ったからです。 私が、アフガニスタンという国を知ったのは、2001年の9・11同時多発テロに対するアメリカの報復爆撃によってです。 その時まで、周辺国であるパキスタンやイランといった国は知っているのに、アフガニスタンという国を全く知りませんでした。

 「アフガニスタンは、忘れさられた国である」

この言葉は、私がペシャワール会を知る前から入会している「カレーズの会(アフガニスタンの医療や教育の支援活動をしているNGO)の理事長であり、アフガニスタン人でもある医師のレシャード・カレッド先生が言われたことです。今ならうなずけます。
 
私がなぜアフガニスタンに関心を持つようになったのか。 それは、アフガニスタンの復興に関係するニュースが流れている時に見た農業支援という言葉からです。 このこと以降、アフガニスタンに対しての興味を持ち、「風の学校」(海外で協力活動をする青年を育てるNGO)の設立者である中田正一先生(故人)の番組、偶然新聞で見つけたカレーズの会の活動、そして、カレーズの会の活動に参加している時に見せてもらったペシャワール会の会報とその活動をテーマにしたマンガ、それらを通して現地にいきたい気持ちが、強くなりました。

私は、関心がないことには、まったくと言っていいほど反応しない性格です。 反応したとしても、すぐに、忘れてしまうか、流してしまいます。その反面、関心を持ったことはとことんやってみたい、やらなければ気がすまないといった面があり、今回は、後者です。

私の現在の力量を判断すると、語学は、はっきりいってダメです。農業の分野に関しても、経験・知識ともに不足していることは否定できません。ただ私は、現地の人たちと一緒に成長していきたいと考えています。 私が目指していること、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたいということです。これは2年や3年で出来ることではありません。

子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています。 甘い考えかもしれないし、行ったとしても現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかもわかりません。

しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。 そう考えて、今回、日本人ワーカーを希望しました。
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(文月廿七日) GM  経済

 GMはアカデミー賞のスポンサーとして最大の企業だった。スターの歩くレッドカーペットを提供していた最大の後援者だったのである。過去形にしたのはテレビ番組のエミー賞とともにスポンサーを降りているからである。アカデミー賞のスポンサー代は15億円、世界最大の自動車メーカーにとっては、過去においては、はした金だったに違いない。でも今はそうした余裕もないのである。GMは来年までの支払に必要な金を工面するために、8000億円の新規資金の取り込みが必要なのである。これを融資や株式発行によって調達することが出来なくなったからこそ、たいした金額ではないアカデミー賞やエミー賞のスポンサーを降りて節約するぐらいしか手が無いのである。

いよいよGMも「北斗の拳」状態になっているのは誰の目にも明らかだろう。しかし、ウォールストリートの投資銀行に資金を出しても、メインストリート企業、特にアメリカの象徴のようなGMを自然体にまかすというわけには行かないのではないだろうか。形を変えてでも、彼らの誇りを満たす形で決着し、再起をかけさせるであろうことが確実ではないか。

モラルに欠ける言動をして苦境に陥っている金融機関に税金を湯水のように使い続けている現状では、何もしない政府に非難が集まるのは目に見えている。来年はトヨタも正念場を迎えるのではないか。
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(文月廿六日) 元監督との決別  スポーツ

実況アナウンサーが「宇津木さん、次のボールはどんなものになりますか」と訊ねたとき、宇津木元全日本代表監督は「次は、そうですね、まずライズボールかドロップかストレートでしょう」これって天気予報でいう「晴れ時々くもり、ところによって雨」というのよりもひどい。ボールは浮き上がるか、沈むか、まっすぐか、それ以外にはないのだから予想ではありません。アナウンサーももう少し突っ込まないとだめじゃないか。ははは。でもこのような珍解説を無数にあったのだから中継には成らなかったでしょう。

アメリカを破った決勝では最終回勝利の瞬間、号泣して声を詰まらせていたようだ。しかし、その前のオーストラリア戦では、「このままじゃアメリカに勝てっこない」と言い切り、日本選手が空振りするたび「だめだこりゃ」「見てらんない」「ああ、ひどい」とマイクに向かって呻いていた。

全日本が不利な場面になると「球をよく見なきゃ」と解説席から叱責して、ライズボールを空振りすると、「高めのライズボールなんか振っちゃいけない」といっていたが、その高めのボールをホームランすると「ナイスです、ナイスです」だ。やっぱりこの人おかしいよね。球をよく見るにはどうしたらいいか、結果がすべてなら解説などいらないのである。

優勝の美談で隠れているが、宇津木さんが代表監督として、シドニーでもアテネでも悲願の金メダルを逃したゆえに、本人の意思に反して退任させられたのである。彼女の言動を見ていたら、自分が監督ならばこんなヘマはしない」という姿勢に貫かれていたのではないか。彼女の代表監督時代の女子チームを見たことがありますか?練習中の一切の私語を禁止していたのである。一切のだから笑ってもいけないのである。世界広しといえどもこんな独裁が許されているのは中国や北朝鮮だけだ。金メダルに輝いたのはこの監督との決別だったかもしれないのだ。
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(文月廿五日) 村山実の5球  スポーツ

北京オリンピックも終わり、野球の不様な敗戦の戦犯探しとなっているが、敗軍の将、兵を語らずで星野仙一は黙して語らない。しかし、日本のマスコミは韓国戦後の記者会見でのスポーツマンシップに反する言動については多くを語らない。彼がWBCの監督にでもなれば、取材がしにくいということだろうか。情けない。

そんなごたごたする野球の記事の中で一服の清涼感あふれる記事を目にした。日経のスポートピアというコラムである。題して「村山実の5球」。筆者は当時タイガースで村山のバックを守っていたセカンド、鎌田実である。当時の阪神の内野手はサード三宅、ショート吉田、セカンド鎌田というプロ好みの華麗な内野陣だった。この読売対阪神戦は1959年6月25日に後楽園球場でおこなわれた。いわゆる天覧試合である。先発は藤田と小山、追いつ追われつの展開は8回で4-4の同スコアだった。阪神は7回途中から村山から救援し、9回裏長島を迎えていた。鎌田が語っている。

『初球は外角速球のボール。2球目はカーブでストライク。3球目は内角速球でファウル。この時のスイングを見て、内角は危ないと感じた。カウント2-1になって、4球目はフォークボールで勝負に出た。外角低めいっぱい。「よし、三振」と私は思った。長嶋さんは両膝を絞り、腰を落としてハーフスイング。主審に呼応させるかのように「ボール」と叫んだ。気合が入っているときの、独特の見送り方だ。主審はつられるように「ボール」と判定した。私は「入っているじゃないか」と叫んだ。この4球目が明暗を分けた。当時、よく言われた長嶋ボールだ。長嶋さんのハーフスイングのテクニックも見事だったが、勝負球を「ボール」に判定されると、バッテリーは次の球の選択に困ってしまう。カウント2-2になって、山本哲也捕手が出した5球目のサインは4球目と同じく外角へのフォークボールだった。村山さんは首を振って、内角速球を選んだ。「いかん、危ない。ボールにしろ」と思った瞬間、長嶋さんはアウトステップして、この球を持っていたかのようにたたいた。』

村山はこのホームランを終生ファウルといい続けていたが、10年前の1998年8月22日に永眠した。当時61歳、まだまだ若かった。現在阪神のコーチをしている和田豊は村山監督時代にかわいがられて、小さいながらも抜擢されていった。彼とは家が近所だったせいで親しくしていた。彼が活躍するたびに年収の差は開くばかりだったが、ははは。とてもプロ野球選手とは思えない体格だったが、寡黙でひたすら練習する選手で、身体が少々痛くても声にすることはなかった。少々照れ屋の村山だったが、選手の努力する姿はよく見ていたと思う。激情の人というと星野だが、村山には優しさもあったように思えた。
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