(葉月壱拾七日) リーマン破綻  金融

野村證券の2倍も総資産がある金融機関がいとも簡単に破綻するとは思っても見なかったというのが、休み明けの市場関係者の本音ではないか。確かにレバレッジに偏重した米国金融モデルが崩壊し始めたというのが実感かもしれない。最大の保険会社であるAIGの資金繰りの難航も市場に影響を与えている。保険収入で年間2兆円をあげている優良会社でも、子会社のCDS業務での暴走が止められなかったという経営の問題でもあるが、このCDSの問題を考えれば、もう少しソフトランディングを考慮してもいいのではなかったのというのも市場関係者の本音だろう。

週末のNY連銀の周辺を交通渋滞に巻き込んだ会議に次ぐ会議は、政府の公的資金投入拒否という壁の前には妥協を得られることはできなかった。ポールソンの出身のゴールドマンサックスといえども、万全とはいえない米国型の金融ビジネスモデルの溶解がふつふつとその影を忍ばせている。インベストメントバンクという言葉の響きは、優秀な学生の羨望の的でもあった。しかし、その業務は実体経済を支える金融というシステムではなく、新たなリスクを背負い込まさせるシャドーバンキングという悪魔の囁きでもあった。これこそ「レベッカ資本主義」である。従来のルールを無視し、相手がわからなければ、どれだけ稼いでも構わないという傲慢の極致でもある。

今回のリーマンの破綻は決して一証券会社がなくなるというよりも、世界の金融をリードしてきたと自負してきたウォール街の崩壊の始まりではないだろうか。
0

(葉月壱拾六日 敬老の日 望) 金融危機  金融

米国は1929年以降最大の金融危機を迎えたようだ。日本では今日は三連休最終日であり、15日でもあるので、近くの富岡八幡宮では縁日が行われている。隣の成田山東京別院と一緒に参拝して買物を済ませて帰ってきて、PCを起動させネットサーフィンしていたら、いきなり飛び込んできた、リーマンの破綻が。

支援交渉が難航しているのは先週から明らかであったが、引き金はバンカメが公的資金が投入されないということで、相手をメリルに変更して救済買収に進んだことだろう。バークレイズの動きもあったようだが、KDBが動くような案件に飛びつく金融機関はついに現れなかった。1997年の山一と同じように組織として市場に必要なコンテンツを持っていなかったということである。

日曜日に仕事をせざるを得ないポールソン財務長官だが、今回はモラルハザードを守り、158年の企業の歴史に終止符を打たざるを得なかった。日露戦争の戦費調達に顔を出すなど日本との関係も深い。最近はライブドアの増資を引き受け、その株式売却で大儲けをして嫉妬をかったものだ。それにしてもこの重大なときに三連休ということで各金融市場はお休みで、関係者は最初に反応せずにすんだことにほっとしているのではないか。

ほかのアジア諸国、そしてヨーロッパを株安、ドル安が連鎖している。現在のNY市場も急落しているが、ブラックマンデーのような大暴落の下落率ではない。しかし、あの当時と違ってCDSなどデリバティブ商品の急成長が、金融機関の破綻によりリスクの連鎖が広がりかねないのである。PC上での可能性で計算していた倒産確率が、小学生でもわかる高い確率で起こるという最悪の事態が想像されるのである。

さて明日から市場関係者の自分自身はどう行動すべきか。悩みの時間だけが過ぎていく。最悪のことを想定しながら仕事をしなければならないとよく言うが、リーマンの社員はその最悪の立場にいる。さらにメリルも身売りだ。私が在籍した会社がまた消えていった。
0

(葉月壱拾五日 十五夜) 三重ノ海  スポーツ

初日には協会挨拶がある。そこで新理事長が表明したのは、ここ最近の相撲界の不祥事は「すべて協会の責任」と明言したことである。これまでは部屋の親方に任せているといっていたのと比べると、その言葉の重みが違うことに気づく。自分で考えて書いたといわれる今日の挨拶を行った武蔵川新理事長の左の耳に注目してほしい。変形していることに気が付かれただろうか。これは柔道と同じように長年の稽古の証なのである。四つに組み相手の頭と当たる左耳がこすれているのである。

とんとん拍子の出世をしたわけではない。いわば苦労人である。しかし、横綱武蔵丸、大関武双山等を育て、名伯楽でもある。当時の小泉首相が「感動した!」と絶叫した横綱貴乃花が重傷を負いながら優勝し、その後の相撲人生を不意にした取組の相手だった武蔵丸に対して、取組後「勝負に情けは無用」と言い放っている。現役力士から見れば、怖い親方であり、一目置かれていたのである。その横綱三重ノ海、現武蔵川親方が協会の理事長となり、初日から土俵が一変した。まず、手つきの仕切りを徹底させ、すべて仕切り直しとさせた。このためか、幕内の相撲はすべて立会いの変化無しという近年にない結果となったのである。

私が仮住まいしている門前仲町に、ちゃんこ「三重ノ海」がある。伝統の「ちゃんこ」の味を守っている有名店であるが、そこのどっしりした綱を締めた現役時代の三重ノ海の額が飾ってある。TVで「協会の責任」と自分の言葉で結んだ理事長を見ながら、あの味を楽しみたいと思ったのは食いしんぼの性でしょうかね。
0

(葉月壱拾四日) 恋  社会

昨日急に知人から電話があり、食事・カラオケとなった。彼が女性を連れてきたのだが、彼女は私も知っており、5年ぶりの再会だった。彼女も今年で32歳だが、未婚で誰か紹介してくださいよと請われるが、彼女であれば恋のひとつやふたつはありそうだ。

そこで改めて辞書を引いてみると、「恋」はもともと中国由来の「戀」であり。1946年11月の当用漢字表制定にあたって新字体として「恋」が選ばれたにすぎないとのこと。「亦」は「糸+言+糸」だったわけだが、戀の上部(糸+言+糸)は、一説によると《乱れる意》、そこに心がついた「恋」は《思い乱れてけじめがつかない意を表す》ということだ。(『新潮日本語漢字辞典』)。

『大辞林』によると、「恋」とは《異性に強く惹かれ、会いたい、ひとりじめにしたい、一緒になりたいと思う気持ち》とあり、これでは同性愛者の場合は恋ではないのかという突っ込みはあるかもしれないが、この定義では英語の“with”に伴う双方向性がなく、ストーカーを含む片思いでも妥当してしまう。(苦笑)

辞書づくりは本当に難しいと思うが、《異性に強く惹かれ、会いたい、ひとりじめにしたい、一緒になりたいと思う》のが「恋」であるとすれば、やはりその定義上、《ひとりじめ》にできて《一緒に》なっちゃったら「恋に落ちていた」段階は終わる、あるいは次のステップに行くというようなことになるようだ。
0

(葉月壱拾参日) 事故米  政治

5日に農林水産省が公表した毒入り米が市中に食品として散布された事件は、一義的には販売業者の三笠フーズ、浅井、太田産業等が正犯として「未必の故意による殺人未遂」と疑われてもおかしくない重大事件である。そもそも加工食品用の米の流通価格がキロ130円なのに、70円で売られたものを通常に購入して利用した酒メーカー、米果メーカーも知らない方がおかしい。

また、非食品用米需要より多い事故米を販売した農林水産省も、こうした事件が起きる事を知らない方がおかしい。いくら、処分に困ったミニマムアクセス米が多くとも、これを流通させた事は共同正犯に推されてものおかしくない。日々食する主食の米に対して起きているだけに、今回の事件は、薬害エイズ以上の悪質な事件である。

しかし事件が明るみに出て1週間経っても、どこに事故米があるのか、どんな商品に害がある可能性があるのかはごく一部しか公表されていない。これに対する政府の対応はというと、昨日の午後3時30分から20分だけ福田首相が官邸に農水大臣を呼んで、この事件が起こってから初めて行動を起こしている。「消費者はうるさい存在」という農水大臣では埒もないが、行政の対応はあまりにひどい。

農水省の記者会見後から週末に掛けて、福田首相は完全に週末モードでたいした行事もこなしていない。もろもろの情報が明るみに出て、世間が大騒ぎしていても、所管の農林水産省幹部を呼んで情報収集や対策を講じる気配は見られなかった。初めて太田誠一農水相を呼んで話をしたのが、1週間後の昨日11日である。さすがに「私は違う」と言うだけの事はある。
0

(葉月壱拾弐日) 太陽光発電  経済

地球温暖化対策の一環として、コンビニの深夜営業規制を検討する自治体が相次いでいる。京都市を皮切りに埼玉県、神奈川県が規制をしようとしている。政府サイドも「基本的には歓迎すべきことだと考えている。」と環境大臣がコメントし、自治体の取り組みを評価している。

こうした逆風の中、コンビニエンス業界は反対を唱えている。24時間営業を16時間営業にしても冷蔵庫は止められず、効果は微々たるもので、売り上げは20%も失わるので、自治体とコンビニ業界のバトルの様相になりつつあるのだ。こういう環境下に、コンビニは反対だけしていても、得るものは無いと考えて、太陽電池を活用しようとしている。

セブンイレブンでは店舗の屋上に太陽光発電装置の販売・施工を手掛けるネクストエナジー社の発電装置が設置し、その電力をセブンイレブン店舗側が買い取るという計画を発表している。セブンイレブンは、設備のリースや買取などの経費が要らないで、太陽光発電装置を設置し、そこから電力を買い取っているため、環境保全に貢献しているというアピールができることが大きい。

ネクストエナジーは電力販売の電気代だけでは採算が取れないが、太陽光発電で生じた電力量分だけ「グリーン電力証書」をネクストエナジーが入手でき、その証書を売ることで採算がとれる。この証書は、地球環境保全を促進したいが自社業務内では実行が難しい企業などが、グリーン電力証書を購入することで、金銭的にグリーン電力を生成した企業などを助けたことになり、間接的にグリーン電力を使用し、環境保全に貢献したと対外的にアピールできることになる。
0

(葉月壱拾壱日) 北朝鮮動向その二  政治

昨日書きそびれたことがある。北朝鮮首脳が居並ぶ雛壇を見て驚いたのは、いくらか予想された金正日の不在よりもむしろ、趙明録の姿があったことだった。趙は国防委員会第一副委員長であり、委員長は金正日だからいわば軍の実質上のトップである。隣に立っていた金永南最高人民会議常任委員会委員長がこちらは党の金正日に継ぐトップだから、党と軍の頭目が並んでいたことになる。しかし、昨日も書いたが、正規軍を差し置いて党の軍である労農赤衛隊が晴れ舞台の主役を務めているのである。それをNO.2の趙副委員長が眺めているというのは、軍の首脳にとっては耐えがたい屈辱ではないか。趙副委員長はここ1年ほどその動静が全く伝えられておらず失脚説が流れていた。それが突然の復活である。この背景は何だろうか。

拉致問題が置き去りにされるのではないかと日本国政府が焦るほど、急速な米朝の接近があったのに、ここ一カ月ほどは明らかに「逆コース」であって、とうとう核施設の再稼働まで始めようとしている。これは明らかに軍が主導権をもって動いている証拠でもある。ところが、建国60周年の晴れ舞台から正規軍が外れたのである。平壌での軍事パレードの際、金正日がもっとも気をつかうのは兵器に実際の弾が入っていないかどうかということらしい。パレードを利用してのクーデターや暗殺を極度に警戒しているわけだ。とはいえ、パレードをやって世界に自慢はしたい。そのジレンマの中で、これまで金正日は節目ごとに「晴れ姿」を見せてきたわけである。そうした「見栄っ張り」も通用しないような事態が起きている可能性も否定できない。軍を平壌の入れる危険をおかすことができないような緊張があるということである。しかし、パレードを中止するわけにはいかないので、赤衛隊を起用したものの、軍が一切関与していないとなれば、世界中の情報機関が怪しむに決まっている。趙副委員長は実際に失脚か引退をしていたのかもしれないが、軍の関与の象徴として壇上に立たせた、というのは穿った見方だろうか。

マスコミが報じているように、金正日の病気や死亡説も本当かもしれないが、万全の安全対策をとっても壇上に立てないほどの危機感があり、面子を捨てて安全をとったとも考えられる。金正日という人物はとんでもないリアリストである。それゆえにこれまで生き延びて来たのである。
0




AutoPage最新お知らせ