(師走五日) 大晦日  プライベート

昨日の延着の疲れか、目覚めが悪い。いつもは5時半に起きているのだが、今日はうとうとが続き、やっと床を離れたのは9時前だった。久しぶりに我が家のベッドで眠ったせいだろうか。早速娘がコンビニへ連れて行けという目をしている。久しくこうして娘とコンビニに行く機会はなかった。ほとんど帰っていなかったし、いや帰れなかったし、ははは。

帰省している長男は高校時代の仲間と忘年会のようだし、次男は大晦日というのにローソンでアルバイトだという。スーパーで年越しの食材を購入し、ビールを片手に愚妻と娘と食事である。紅白を見ていたら、ついうとうと。目が覚めると10時過ぎ。娘は親父に飽きたか、二階へ。愚妻も呆れている、ははは。

これまた久しぶりの紅白。最後の氷川きよしはよかったねえ。大トリの緊張が手に取るようで、せっかく五木ひろしがタッチをしようとしたのに、目に入らない。あっけにとられた五木がこれまたキョトン、ははは。LIVEはいいねえ。それにEXILEのバラードもいいなあ。さすがレコード大賞!でもレコードといって見た人が少なくなっているのでは?

来年はいい年であってほしいなあ。
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(師走四日) 大納会  プライベート

ようやく厳しかった今年の仕事が終わりを告げた。昼までに残っていた連絡先に挨拶し、昼の時間に年末の挨拶を一件だけ済ませたが、街はすでに閑散としていた。年に42%も株価が下がり、さらに25%も円高になれば外需に頼り切っていた日本経済は疲弊さぜるをえない。

今年で半ドンの立会も終わり、来年からは銀行と同じく3時までの立会となる。この国の奇妙な平等という概念は、個性とは名ばかりの無秩序と表裏一体化しているようだ。

仲間との納会も済ませ、夕方新幹線で関西に向かおうとすると、ここ数日疫病神に襲われている新幹線がまたトラブル。午後、小田原駅で線路に立ち入った人が通過中ののぞみと接触したという。当然警察救急の登場で現場検証となれば、もうダイヤは崩壊である。一時間半遅れの出発となり、挙句の果てに途中で停止信号でズルズル遅れが増していく。しかしそこはさすがの民営化のJRである。払い戻しになる120分というリミットだけは守ろうと運転手にハッパをかけているようで、私の遅れも1時間52分であった。(苦笑)

新大阪の精算窓口にはたぶん指定から自由への変更かどうかわからないが、長い行列が続いていた。遠く九州の人とか大変だったのではないだろうか。不況の年末で、タクシー強盗で運転手が相次いで殺され、新幹線の線路に立ち入る人も出てくる。明るい年が来ますように願うが、現実の厳しさはその願いも打ち消すような勢いである。

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(師走参日) 忘年会  社会

今年最後の忘年会は会社の部店長会議終了後だった。一言疲れたである。しかし、お疲れ様の忘年会ではあるが、政治とマスコミとなるとどうなのでしょうかねえ。先日首相公邸での閣僚の忘年会があったが、テレビ各局の政治部長との宴会をしていた。ところが、次の日には新聞や通信社の連中と同じことをした。まさかテレビだけというわけにはいかないという論理じゃないのでしょうが、新聞の首相動向によれば帰宅は1時13分だった。まさか税金で食って飲んでいるんじゃないでしょうが、世の中の空気を読めばそれはないでしょう。そもそもホイホイ行く方も行く方だと思うけど、結局記者クラブ体質が抜けきらず、尻尾を振るしか能がないのではないか。

日本のマスコミ特に新聞やテレビ各局や通信社にとって、権力にいる者との距離が短くしたいというのが本音だろう。しかし、それは単なる批判ではなく、他に抜かれたくないという一心だけに過ぎないように思える。諸外国に比べて、自己主張の少ない紙面や画面を見ていると、もしかすれば競争原理が働いて最も困るのはこの業界であるという確信に繋がる。おりしも朝日新聞は赤字になり、TBSは単なる赤坂の不動産屋になり下がった事実が象徴している。

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(師走弐日) 中東波乱  政治

12月27日、イスラエル軍がパレスチナのガザ地区を空爆し、270人以上の死者が出た。空爆は、イスラエルがエジプト領だったガザを乗っ取った第三次中東戦争(1967年)以来の大規模なものである。イスラエルのバラク国防相は、空爆だけでなく、近いうちに地上軍侵攻も行わざるを得ないだろうと表明している。今回は予備兵の招集もしているようで今回の紛争、というより戦争であるが、短期間に終わりそうもない。

一方ハマスは「第3インティファーダ」の民衆蜂起の開始を、パレスチナ人に呼びかけている。パレスチナのとなりのヨルダンでは、議員30人が同国に駐在するイスラエル大使の追放を政府に要求している。アラブ諸国の中でイスラエルと国交があるのはヨルダンとエジプトだけだが、今回の件でアラブ諸国とイスラエルの関係も相当悪くなりそうである。

これもアメリカの政権交代期という間隙のせいかもしれないが、停戦期間の12月19日が過ぎ、年明け相当総選挙があるイスラエルとしては弱腰は見せられないという危機感があり、親米派のアッバスは結局選挙をすればハマスに敗れるので、任期が終わろうとするのに後継者を決められなかったという弱体ぶりだった。

この開戦によって、パレスチナ和平交渉を今後再開することは不可能であり、オバマ新政権は、パレスチナ和平の成功を外交面での最優先課題の一つにしていたようだが、その実現はまず無理だろう。さらに落ち着いていた原油価格にも影響を与えそうで、デフレに陥っている世界経済にまた暗雲が深くなったようだ。

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(師走壱日 朔) 正当防衛?  政治

海賊がうようよしているアフリカのソマリア沖に自衛隊を出動させるというプランに暗雲が立ち込めている。例の「海上警備行動」になるというのだ。海上警備行動は言うまでもなく、日本国民に対する脅威があった時のみに発動されるものである。日本国政府の自衛隊への指示は、同盟国の艦船が攻撃されても「集団的自衛権の行使は禁じられていますから」と尻尾をまいて逃げ、外国の商船が目の前で襲われていても「海上警備行動は日本国民に対してだけしか発動できませんから」と見て見ぬふりをしろというらしい。

そんなことをすれば、世界中から卑怯者の指弾を受けるに決まっている。もちろんこんなことは、日々鍛練に励んでいる自衛官たちの本意でもないだろう。彼らを卑怯者にしてしまうのは、政治屋どもこそが卑怯者で、現実から逃避し続けているからである。

さらに武器使用も海賊側が攻撃を仕掛けてきた際の正当防衛や緊急避難時に限られ、同じ程度の反撃しか認められない。応戦した海賊が単なる犯罪集団でなく、反政府勢力だった場合、憲法が禁じる海外での武力行使に該当する恐れもあるというのだ。つまりイラク、サマワの陸上自衛隊と同様に「撃たれてから撃て」しかできないのである。

もう自衛隊を翻弄するような政争は止めるべきではないか。世界中から笑い者になっている現実を知るべきである。

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(霜月廿九日) サクラ  社会

マクドナルドの大阪・御堂筋周防町店で23日、特大のハンバーグをはさんだ新商品「クォーターパウンダー・チーズ」が関西で初めて発売され、約15000人が来店し長い行列ができたというニュースが流れていたのは覚えていたが、それがアルバイトを1000人動員したサクラだったらしい。

東京ではすでに発売されており、そんなに行列になるほどでもないだろうと思っていたので不思議に思っていた。そりゃ、徹夜で行列が出来れば、好奇心の強いものであれば並んでも買いたいという動機を起こさせる。     

こうした口コミを活用した販売手法は「バズマーケティング」と呼ばれている。「バズ(Buzz)」(ははは、Bozzにあらず!)という言葉は、蜂がブンブンとうなり続けている様子が語源だが、そこから派生して世間が噂話でざわめいている状況を表している。バズマーケティングは、小さな口コミを連鎖的に広げていくことによって大きな効果を生み出す。口コミが一度出始めると、その後は何もしなくても加速度的に情報が広がっていく流れを意図的に作ろうとするものである。

したがって「行列ができている」ことは、人気があると認識し、自分の判断としてその店や商品を口コミする効果があるわけだ。そして、今回のようにマスメディアがニュース報道してくれれば、効果は満点ということになる。

しかし、「口コミ情報」は無償で世の中に広がるのが通常であり、そこに報酬が絡んでくると、「信じていたものに裏切られる」思いを持たせてしまうるから、消費者の怒りは凄まじく大きくなることがある。以前の赤福や白い恋人事件では、消費者に直接的な健康被害はゼロだったが、消費者の「裏切られた思い」が、両製品の売上げを壊滅的に落ち込ませたことは記憶に新しい。

現在のように、日本人はブログで自己発信する人の割合が世界で最も多い。なかでも今回雇った若者達の自己発信確率はより高く、サクラの仕掛けが世にバレル可能性は高いというリスク感覚をマクドナルドはもっていなかったのだろうか。この後たぶん言い訳めいたコメントも見られるだろうが、ダメージは大きい。他の企業も他人の石とすべきだろう。
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(霜月廿八日) ATM  社会

クリスマスイブ明けの給料日、明日は仕事納めの会社も多いだろう。そうなれば銀行のATMは行列が当たり前となる。仕事の合間にちょっと立ち寄ったが、すでに相当かかりそうだったので、コンビニに駆け込むが、おっと金額制限が10万となっており、これでは実家に送金するには少なすぎる。ははは。

仕方なく再度銀行ATMへ。何とか出金手続きを終えたが、送金があったのでメモを取り出したら、支店名が書いていない。先方に問い合わせしようとして、携帯電話を取り出したら、いきなり警備員らしきおっさんが近づいてきて、「使用禁止です。」とのたまう。そういえば壁には携帯電話使用禁止の文字のポスターがあった。例の振り込め詐欺防止なんだろうが、ごく僅かな騙されやすい人のためにその他大勢の不利益が生じるというのは、あまりにも不合理ではないか。

しかしよく考えてみれば、弱者にとっては携帯電話というのは福音となっているはずである。お年寄りや身体の不自由な方であっても、昔ならば寒風の中を外に出て公衆電話を探さなくてはいけなかっただろう。そうではなくなったことが「進歩」なのであって、みすみすそれを封じて稀な馬鹿を救うというのは社会の価値観としてどうなのだろうか。つまり誰もが「優先順位がわからなくなっている」日本になっているのではないか。
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