(霜月廿日) 証券詐欺事件  金融

しかし、プロの投資家がこうも簡単にだまされるというのは、金融という品格の問題につながるのではないか。米証券投資者保護公社は、巨額の証券詐欺事件で逮捕された米ナスダック・ストック・マーケットのバーナード・マドフ元会長が運用していたファンドの清算作業に入ったと発表している。今回の詐欺事件は約500億ドルと史上最大規模の損失が見込まれている。

ヘッジファンドの投資家は解約しようにも償還停止や解約期日が3ヶ月に1回のために換金できないというのが現状なのに、継続してプラスのリターンになっていて、解約もしやすいマドフのファンドに解約が殺到するのは当たり前の話である。そこでいわば「ねずみ講」システムが崩壊するという古典的な詐欺事件発覚ということになったわけだ。

しかし、被害者にこうも名だたる金融機関が出てくると業界の低能ぶりが証明されたというものである。取引先の証券会社も巻き込んで残高証明をされてしまえば、見つけにくいかもしれないが、ファンドの中身を一番よく知ることが出来る立場にいる人間の仕事がこれでは話にならない。投資スタイルと市場動向を見れば、おかしさが見えていたはずである。

「自分の理解できないところに投資しない」ことの重要性が改めて示されたわけだが、世の中安全確実なものなどないのだから、自分の投資能力を高めることが改めて重要ということを今回も示しているのである。
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(霜月壱拾九日) ゴーンの警告  経済

日経に日産のカルロス・ゴーン氏のコメントが出ている。彼は3点を指摘している。

第一に、急激な信用収縮が起き、長期の投資資金だけでなく、足元の運転資金さえ部品会社や販売店では枯渇しかねないこと。この結果、複雑な下請け構造の自動車産業では、1社の経営破たんが、玉突き的に連鎖する恐れが高い、すなわち信用危機である。

第二に、先行き不安から消費者は財布のひもを引き締めたことによる深刻な需要減退である。これは月を追うごとに深刻化しており、ボーナスシーズンを終える来年年明けにはどこまで需要が落ちるか予想もつかない。自動車産業は膨大な裾野を持ち、大幅減産は鉄鋼業界にも電機業界にも、そして広告費を通じてマスコミ業界にも波及する。すなわち需要危機である。

第三に、1ドル90円を切った急激な円高である。円相場がこの水準で定着すれば、日本製品は外国製品に競争力を持てなくなるはずである。大幅に通貨が安くなった韓国、台湾、東南アジア、欧州製品に対して売り負けするからである。これに対処するために、製造拠点の海外シフトがいや応なく進み、国内の雇用はますます悪化する。すなわち為替危機である。

以上三点とも対処することが難しい。たとえば、為替危機が1986年に起きたときは、当時の日本は不動産バブルで国内の需要を維持した。また信用危機が1997年に起きたときは、多額の税金を投入して銀行を集約させ、その間にITバブルがあり、多少なりとも対応が出来た。

しかし今回はこの三つの危機が同時に起こっているのである。過去に同時に起こったのは1930年代である。戦争に突入していった過去の事例を人類は避けられるのであろうか。
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(霜月壱拾八日) 内閣支持率  政治

新聞各紙の麻生内閣支持率が出ている。ただ、その時点での恣意的な質問が多いし、サンプル数も少ない。電話調査や対面調査が主流であるためであろう。これでは出てくる数字を懐疑的に見ざるをえない。しかし、私が政治の世論調査で唯一信頼している調査もある。それはフジテレビの報道2001の毎週の調査だ。このサイトの質問は同じ設問文を同じ対象に継続して調査しているので、結果数字の時系列変化に、回答子の考えがきちんと出てくるのである。各社がたまに行う世論調査は、設問文の作り方や、調査対象の偏りがあるので、数字にはバイアスがかかるのである。

つまり、一度なら嘘を付くことが出来ても、毎回毎回考えて嘘を付くことは出来ないものである。サイトを見れば明らかであるが、最新のアンケートで。麻生内閣への不支持率が7割を超えて75%になり、支持率も2割を下回って19.8%となった。過去2回の内閣の命運は、不支持率が7割を超えたときに尽きている。安倍退陣の2007年9月12日と、福田退陣の2008年9月1日近辺は、不支持率が7割を始めて突き抜けたときである。その反対に、支持率も2割近くまで下落している。

麻生さん、あなたはもう死んでいるのですよ。
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(霜月壱拾七日) 一本の道  プライベート

大河ドラマでは久しぶりの高視聴率となった「篤姫」。今日が最終回だった。慌しい明治維新は人との別れということか。人生50年とは云ったものだが、登場人物のなんと早世することか。自分が今52歳という立場は、あの時代ではもう終わっているということか。それだけあの時代の変化というか、時代が流れるスピードが半端ではなかったということか。

しかし、主演の宮崎あおいの好演は光った。最終回だけに今年はじめのシーンも回想場面として登場する。彼女は最終回の死去のシーンから遡って、少女時代をイメージしたと述べている。加齢ではなく減齢(?)という発想である。でもこれはビジネスでも当てはまる。ゴールをイメージしてから仕事に取り掛かるということである。

そもそも仕事の定義とは、一定の条件をクリアして期限までに納品することではないか。どのようなアウトプットにするかゴールをイメージして、必要なものをインプットするというのが基本ということになるわけだ。そうすれば仕事にブレが出来ず、道が開けてくるということである。さあ、私の場合はどうすべきか時間はあまり無いが、前に進むしかないない。篤姫のような仕事に比べれば何のことはない。
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(霜月壱拾六日 望) 環境という化け物  経済

週末とあってTVや新聞では今回の経済危機の深刻さを報じている。アメリカの自動車産業にしても環境問題対応の遅れという理由がよくされる。たしかに従来のアメ車のようなガソリン消費は問題外だが、全てが最新の環境対応車にならざるをえないという理由にはならないだろう。いつも新しいテーマが出てくると、それを利権にする輩が出てくるのは世の常である。

環境という名のもとに「新しいもの」を作ろうとするが、地球への負荷を減らすというのならば、いまあるモノを丁寧にメンテナンスして使い回していくのが何よりではないかと私などは思うのである。たとえば自動車に比べるのもどうかと思うが、自転車などメンテナンス次第でいつまでも使えるものである。そんな町の自転車屋などに補助金が出ることもない。自動車も新しく買い換えてくれなくては儲けにならないのである。トヨタの急速な利益の落ち方を見れば明白である。

金融問題から「ものづくり」への回帰が言われているが、それよりも「ものなおし」というのが本当に地球に優しいのではないか。一方で、直して使うならばそれなりの覚悟を私たちがしなくてはいけない。直すには「検査」が必要であり、しかし「検査」をして「ダメでした」であってもその検査費用は払わなくてはならない。その覚悟が、あるかどうか、これは重要な問題である。また、IT機器などは集積化が進み、ひとつのユニットそのものを取り替えるしかないものもある。昔のようにハンマーで歯車を叩いてみてそのひとつを取り替える時代でもない。ユニットそのものを取り替えるということは最終的には新しいものを買った方がいいということにつながっていくし、その方が消費者にとっては安くつく。

しかし、安いというのはその場の財布の安さであって、人類のコストとしてははたしてどうだろうか。私たちに本当の覚悟があれば「検査」の費用はリスクとして負担し、そのあとも最低限のユニットを交換することでひとつのものを使い続けるという文化を確立すべきではないか。そういう意味でもドイツの製品へのこだわりというのが参考になるのではないか。
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(霜月壱拾五日) ビッグ3支援法案廃案  経済

GMをはじめとするビック3への140億ドルの資金繰りを支援する法案が米上院で協議が決裂し、廃案となった。東京市場をはじめアジアの株式市場はこれを嫌気し、軒並み急落した。しかし、このままホワイトハウスは放置するはずもないだろうし、そこまで下げるかというのが私の考えだったが、あまかったようだ。対ドルで円は90円の大台を割り込み、平均株価も一時500円安となった。

例のTARPの7千億ドルの枠は確保されているのだから、財務省が自動車メーカーに緊急融資するアイデアをしぶしぶ実行する可能性は当然あると思うのだけどね。でもここまで追い込まれたら、現状のままで存続することは不可能だろうし、どこも金を貸さないのだからどうしようもない。

サッカーのクラブチャンピオンを決める大会が日本で始まったが、このメインスポンサーはもちろんトヨタ。この大会にはAIGがスポンサーのマンUが本命だが、ユニフォームのAIGが消える日も近い。トヨタは来年もスポンサーでいられるのだろうか。
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(霜月壱拾四日) ノーベル賞授賞式  社会

ノーベル賞の授賞式がストックホルムのコンサートホールで開かれ、物理学賞の高エネルギー加速器研究機構名誉教授の小林誠、京都大名誉教授で京都産業大理学部教授の益川敏英、化学賞の米ウッズホール海洋生物学研究所・元上席研究員、下村脩の3氏に、スウェーデンのカール16世グスタフ国王からメダルと賞状が授与された。

式の美しさと荘厳さは感動的だった。けっして贅沢というのではない。簡素ですらある。しかしその中に凛とした権威と風格を滲ませていた。さらに驚いたのは、授賞のスピーチの中に日本語が折り込まれたことだった。若干でも科学を知るものならば、これが授賞者側からの、湯川秀樹博士などから今に至る何十年にもわたる、素粒子力学という日本の「お家芸」そのものへの最大の賛辞と敬意であると理解するだろう。あまたの日本人の研究者たちが感動し、あるいは涙したのではないだろうか。

奥様の健康上の理由などでストックホルムに出向くことができなかった南部陽一郎氏にはシカゴ大で授賞式が行われた。南部先生はこう述べている。「物理学のしくみは単純だが、この世界はつまらないものではない。私にはそれがとても理想的なことのように思われる」。

シンプルなものから成り立つ私たちの宇宙を豊かにしているものは何かということを、南部氏は示唆しているのではないか。
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