(霜月壱拾壱日) 障害者の事件  社会

千葉東金の幼女殺人事件は近所の男の犯行ということで、週末のTVや新聞はこの話題ばかりである。9月の事件が3ヶ月も過ぎて解決の目処がついたのかという疑問はさておき、この手のマスコミの報道には閉口する。確かに勝木容疑者の犯行は固いところだろうが、彼の経歴を見れば明らかのように、小中学を経て養護学校(現特別支援学校)高等部に進んでいる。養護学校の中等部、高等部にわが子を預けていた親から見れば、彼のような子は少し知恵遅れのところはあるが、一般の子とは外見上はほとんど同じである。しかし、話をしていたら辻褄が合わなかったりするケースはザラにある。それを供述が二転三転するというが、それは当たり前の話である。

なぜ母親は気づかなかったかという声も多いが、障害者の親としては自分が老いていき、子供の将来が気にならないことはない。それにはお金が必要になるし、母は必死に働いて子供のためにお金をため、重病の夫もいるという本当に気の毒な方である。

障害者というのは気の弱い子が多い。ところがパニックが起こると自分が何をしているか混乱し、突拍子もない行動に移る場合が生じる。今回の場合もパニックとなりどうすればいいのかわからなくなったというのが事実のように思える。現に取調室では教師と教え子のような関係らしい。これであれば勝木容疑者も安心して状況を説明できるだろう。ただ、いずれにしても犯行が行われたとすれば結果責任で刑に服するのは当たり前だし、路上に全裸で遺体を放置するという犯罪は決して許されるものではない。

ただ、警察の垂れ流しや近所のいい加減な言動をそのまま流すマスコミの馬鹿報道振りはいい加減にしてほしい。これが精神鑑定するということになれば、全く報道が変わってくるということも予想しておこう。
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