(霜月壱拾六日 望) 環境という化け物  経済

週末とあってTVや新聞では今回の経済危機の深刻さを報じている。アメリカの自動車産業にしても環境問題対応の遅れという理由がよくされる。たしかに従来のアメ車のようなガソリン消費は問題外だが、全てが最新の環境対応車にならざるをえないという理由にはならないだろう。いつも新しいテーマが出てくると、それを利権にする輩が出てくるのは世の常である。

環境という名のもとに「新しいもの」を作ろうとするが、地球への負荷を減らすというのならば、いまあるモノを丁寧にメンテナンスして使い回していくのが何よりではないかと私などは思うのである。たとえば自動車に比べるのもどうかと思うが、自転車などメンテナンス次第でいつまでも使えるものである。そんな町の自転車屋などに補助金が出ることもない。自動車も新しく買い換えてくれなくては儲けにならないのである。トヨタの急速な利益の落ち方を見れば明白である。

金融問題から「ものづくり」への回帰が言われているが、それよりも「ものなおし」というのが本当に地球に優しいのではないか。一方で、直して使うならばそれなりの覚悟を私たちがしなくてはいけない。直すには「検査」が必要であり、しかし「検査」をして「ダメでした」であってもその検査費用は払わなくてはならない。その覚悟が、あるかどうか、これは重要な問題である。また、IT機器などは集積化が進み、ひとつのユニットそのものを取り替えるしかないものもある。昔のようにハンマーで歯車を叩いてみてそのひとつを取り替える時代でもない。ユニットそのものを取り替えるということは最終的には新しいものを買った方がいいということにつながっていくし、その方が消費者にとっては安くつく。

しかし、安いというのはその場の財布の安さであって、人類のコストとしてははたしてどうだろうか。私たちに本当の覚悟があれば「検査」の費用はリスクとして負担し、そのあとも最低限のユニットを交換することでひとつのものを使い続けるという文化を確立すべきではないか。そういう意味でもドイツの製品へのこだわりというのが参考になるのではないか。
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