(師走廿弐日) メモリー  プライベート

1月17日という日は私にとって忘れられない日である。もちろん1995年の阪神大震災は私自身が被災者という点でも忘れることはできない。あの冬の日の光景は決して忘れられないことだし、語り継ぐべきものである。それはこの日を関西で過ごしていれば、新聞TVががんがん報道するので、全国から見ればまだあの地震にこだわっているのかという疑問を抱かれるかもしれない。

しかし、人生にとって死の恐怖というのはそう何回もくるものではないし、目の前で人が息を引き取っていくとか、炎に包まれていく情景を覚えていれば、いたたまれなくなるものである。人それぞれだし、全く関係ない人がいることに絶望感を抱くわけでもなく、ただ祈りをささげるだけである。

そしてもうひとつの1月17日は1991年の湾岸戦争勃発である。バブルが崩壊した日本経済のなかで、この戦争で株式はどう動くかということをまざまざと経験させてもらった。自分が思った通りには全く行かず、予想と反対に事態は動くという結果に立ち尽くすだけだった。株なんて簡単なものさという私の浅はかさはここで粉砕されたのである。
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(師走廿壱日) 景気動向  経済

もう15年ぐらいお付き合いしていただいている運送会社の会長と難波で待ち合わせして高島屋でご馳走になる。洋食が好きな方で今日はハンバーグランチ。当然ライスではなくパンで、食後のコーヒー、デザートも忘れない。ただ、気になることがこのレストランの状態である。以前というか確か3年ぐらい前にも来たのだが、そのときはご婦人たちがわんさか押しかけてきて、しばし待たされた記憶がある。ここはランチバイキングが人気なのだが、周り中見渡しても男は私たち2名だけで妙に落ち着かなかった。

しかし、今日はお昼時というのにほぼ3分の2の入りで、まったく様相が異なっているのである。昨今の景気の悪さは本物である証拠でもある。これでは百貨店がコンビニに食われるのが当たり前である。

そういえば御堂筋に並ぶ高級ブティックも客は少なく、改装と称しながら一時閉店のような店まであった。マクドナルドやユニクロは流行っていても少し値が張るようなところは全く人がいないという店まである。景気の悪いのは大阪だけではないが、沈下が進む町には黄昏の色しか見えないのである。
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(師走廿日) とぼとぼ  プライベート

実質2日目の大阪。今日は平野へ向かう。以前にお付き合いしてもらった客さんだが、代が変わってせいか何となく接する態度に希薄さを感じる。まあ、もう何年も来ていないのだから仕方がないが、やはりさびしい。と思っていたら、その目の前の会社が昨年案件でお邪魔した会社の関西支店。世の中狭いなあ。

すこし気分転換で次の駅まで歩くことにする。しかしこの作戦が失敗。JR大和路線の一駅区間の長いこと長いこと。参った参った。しかし、穏やかな日差しの下で健康的に歩くのもいいものである。天王寺まで戻って、これまた旧知の会社に飛び込む。ここは商品的にも成功したところなので、担当者も急な訪問にも係わらず丁寧に対応してくれる。現状をしっかり説明していただいたが、う〜ん、2年ぐらいは難しそう。きついなあ。

そして心斎橋に移って1時のアポ先に着く。ここで地獄が待っていようとは思っても見なかった。別室で待つことなんと2時間。待たせる方も凄いが、待つ私もアホかいなの状態である。しかし、これが口座開設となれば待つしかないのである。疲れた〜〜

夜は前の会社の方と甲子園口で一献。いろいろあるようだけど彼はそれなりにやっているようで半分羨ましい気さえする。やっぱ普通の会社がええわなあ。ははは。
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(師走壱拾九日) 関西のお客さん  プライベート

久しぶりに阪急今津線に乗る。北口で乗り換え梅田を目指し、ここから地下鉄で深江橋へ。もう最初の訪問から6年が過ぎようとしている。太っ腹な経理部長で関西人特有の飛行機好き。棚には模型が所狭しと並んでいる。もちろん趣味ではなく運用の一環としてのリースである。

最初に訪れた理由は以前購入していただいた外債が満期になったよという電話をいただいたため。米国金利の変調で既に償還しているはずだったが、もくろみは大いにはずれ、ようやく満期となったが、この円高で償還差損がごまんと出る。リカバリーに行きますと啖呵は斬ったものの各社の商品を見ると、こちらが萎縮してしまう。でもこの時期で運用しようとする気があるだけ凄い会社である。社内に「トヨタもソニーも投信もだめ。○○で商品購入しましょう」というキャッチフレーズにはびっくり仰天。大阪商人ですなあ。

とここまでは順調。午後からの約束が反故にされ予定を入れ替えて右往左往していたら、いきなり携帯。ヒルトンで待っているからとやぶから棒の面談催促。かなわんなあ、大阪のあきんどは。はぁあ。

何やかんやで夕方知人と一献。こちらの事情を察してくれており、励ましの言葉をもらう。全てが終わったわけでもなく、帰ってくるところがあるというのはうれしいものである。
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(師走壱拾八日) マミーズきっちん  ぐるめ

今日から肩書も変わり気分一新といいたいところだが、いささかの虚脱感もあり、しばし関西に出張することにした。思えば10月からほとんど行っておらず、やはり直接顔を会わせて話をしないと、本音は見えないものである。そんなわけで6時前に新大阪に着く。

今夜は今の自分の立場になった原因の知人に会う。ひとしきり業界の話を聞くが、ここでも従来のホールセールは無くなったという。それは当然の話だが、どこも次の矢が見つからずにいるようだ。ここにチャンスがあると思うが、まだまだ気分が高揚しているとはいえない。

そんなくらい話とは別にこの店の肴は実に美味い。特に魚の干物は格別で、いい酒となった。愛嬌のある女将さんのサービスも明るくていいし、女性の方が一人でこれるというのもある意味すごい店である。

大阪市中央区備後町1-5-15
06-6202-3789(17:00〜23:30)
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(師走壱拾七日 成人の日) 双子の快走  スポーツ

正月が終わり、成人の日の3連休はどういう意味があるのか分からなくなっている。昔は小正月で「どんど」でしめ飾りを焼いてもう一度気分を引き締めるという日だったのだろうが、ただの3連休になれば休みの意味などなくなってしまう。そう言いながらも次男も二十歳を迎え、西宮の式典に参加したようだ。これで3人の子供はすべて二十歳を迎えたが、娘は相変わらずである。

さて、冬の連休というと駅伝やマラソンがTV画面を飾る。昨日は歴史のある都道府県対抗女子駅伝があった。この大会の意義は大きい。中学生から高校生、学生、さらに社会人が一つのチームとして参加できる大会というのは世界でもまれではないか。確かに県別の格差もあり日の目を見ない県も多い。しかし、日本のトップランナーがこの大会から出藍しているのも事実である。

今年の大会も強豪京都の5連覇に終わったが、今回の勝利の立役者は実績のある社会人ではない。綾部市の双子の中学生である久馬姉妹の活躍である。3区を走った姉の悠は最後は兵庫に抜き返されたが、一時はトップに立つ力走を見せ区間1位。8区を任された妹の萌は積極的に飛び出すと、スタートして200メートルで首位に立ち、1キロ通過が2分58秒というオーバーペースで入ったが、何とかしのいで区間新を打ち立てている。この区間記録は以前の高校生もものであり。それを中学生が破ったというのだから末恐ろしい姉妹である。

双子といえば男子の宗兄弟を思い出すが、彼女たちのレベルはそれ以上に高いものがある。将来が楽しみなだけに大人の邪念だけは入らないようにしていただきたい。

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(師走壱拾六日 望) 大和撫子  社会

エチオピアで誘拐され、今月7日に3カ月半ぶりで解放された国際救援団体「世界の医療団」の医師、赤羽桂子さんが10日、パリで記者会見した。彼女は「生きてこの日を迎えることができてうれしい」と喜びを語るとともに、交渉に当たった関係者に謝意を表していた。テレビで会見の模様を見たが、世界の注目を集める場で、民間外交官としての振舞いをこれほどきちんとこなした人は久しぶりだと思う。と同時に彼女のこの言葉に心が痛んだ。

<最初の1週間から1カ月は殺される恐怖感が離れず、銃を触る音が聞こえるたびに「もう終わりか」と思ったという。>

あのカチカチという音の恐怖心は実際に体験した者にしかわからない。それでも彼女は本当に勇気のある医師である。このようなことがあっても彼女の志はくじけてはいない。

<今後については「解放されたばかりなので将来のことは考えられない。医師として患者を診る活動は早く再開したいが、心と体の健康を取り戻すため休養をいただきたい」と話したものの「また、このようなところで活動できたら」とも漏らした。>

彼女は現場のリスクをきちんと把握して活動していた。その上で起きてしまったことは、これはもう不幸としか言いようがない。彼女を派遣した「世界の医療団」の対応もプロフェッショナルである。身代金取引については一切認めていないし、交渉の経過さえも拘束されている他の団体の人質を危険に陥れたくないとのことで明らかにしなかった。

あるいは払ったかもしれない。もちろん払っていないかもしれない。しかし、それを言わないというのが戦地で今後も活動を続けていくプロなのだ。自分たちだけではない。他の団体の人質までも視野に入れた見事な振舞いである。おそらく対価はカネだけではないだろうし、物資や活動内容までも含めた複雑な交渉があったのではないだろうか。

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