(師走廿参日 下弦) 誰もいわない定額給付金の謎  政治

世間を騒がせている定額給付金、もらえればそれは嬉しいものだが、人間としてと、どこか不義に加担しているような気分がするというと頷く人も多いのではないか。世論調査というものは結論だけを求めるものである。「給付金はいらない」という日本人が8割なのだが、わざわざ政府がくれるカネをなぜ貰いたくないのかという丁寧な心の襞には世論調査は入っていかない。学生バイトや派遣の方々が、電話をかけているのだから仕方がないのである。本当は何千万円もらっているマスコミの評者が、正月から浮浪者と一緒に野宿しているヒマがあるなら、受話器を持てばいいと思う。

なぜ定額交付金が欲しくないか。カネはカネであって、ひとつの世帯に6万円ほど来るなら、助かるには違いない。日本国の歴史で、お上がカネをくれるというのに「いやいや、いりません」などと下々が言っている奇観はおそらく初めてだろう。これはある政党の提案から始まったものである。批判を覚悟に言えば、『TVタックル』などの番組で、松あきらというあの宝塚あがりの綺麗な方が、給付金の話になると気が狂ったように柳眉を逆立でている。「気が狂った」などとテレビでは絶対に言えない表現だが、ははは。

考えてみれば、中小企業の社長など、明日の手形がやっと落ちるかどうかと今日も奔走している中から、税金はちゃんと納めている。そのカネが、回り回って給付金になり、それがおそらくはそのまま創価学会に財務と称して吸い込まれていく光景を想像しないだろうか。北朝鮮と同じで、あそこは今年世襲でカネがいるのである。そのいかがわしさをみんな感じているから、定額給付金は要らないと言っているのではないか。
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