(如月廿八日) 祝優勝  スポーツ

大阪市内を歩いていて携帯のかかりにくい時間はやはり優勝の瞬間だった。街行く人がワンセグ携帯で一心不乱に見入っている光景があちこちで見かけた。という私も見ていたが、何となく電波が入らなくて優勝の瞬間は見られなかった。でも「勝った!勝った!」との声があちこちから聞こえてきた。こういう経済状況だから日本中が盛り上がることは単純にとてもいいことである。選手達は本当に頑張ってくれたと思うし、変則な試合日程も結果よければ仕方のない話である。WBCがMLBの資金集めの余興としか考えていない米国だって、ベースボールの面白さはこの日韓戦が示してくれたわけだし、日本が二連覇したという事実は日本の野球の質の高さを誇るものである。

久々に清々しい気分で大阪市内を昨日と同じように歩き、夕方はTさんと久しぶりの会食となった。彼も業界を離れて新しい道に進んでいるが、今は不況の嵐に巻き込まれているようである。でも威風堂々と自分の仕事をしているのだから、本当にリスペクトする。私も彼ほどではないが、家族と住むということで関西に帰って来たわけだし、失うものは何もないし、ただ一生懸命前に進むだけである。Tさんご馳走様でした。ありがとうございました。
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(如月廿七日) ならし運転  プライベート

朝から大阪でならし運転。久しぶりに元のお客さんを回る。対応は温かいが、やはりこの市況で資産は氷河期のままである。桜は結構咲き始めているが、なかなか投資意欲は動いていませんなあ。とはいいつつ、日本株市場はそこそこな動きで、なんとか動いてもらいたいものです。でも私が山一を辞めて転職してから、日本株の営業が重点になったのはバブル崩壊後では、まず1995年である。この年の7月に日興証券の77周年記念でしかも7月7日に大キャンペーンをしたのだが、これがきっかけでその後結構いい相場となった。第二が2003年、この年に関西に帰ったのだが当時は小泉政権で日経平均は7000円だということで、世間は不況一色だったが、小泉期待でこの年から株価は大幅上昇した。そして今回が3度目である。すでに安値からはそこそこ上昇したが、それでもまだ8000円台前半である。悪運の強い私にはいい環境かもしれないのだ。

あとは謙虚と感謝の精神で前に進むしかないのだ。そういいつつ市内をあちこち回ると少し膝に違和感を感じるようになる。やっぱりダイエットしないと身体が持たないようです。元気な身体があってこその人生である。節制しなくっちゃ!
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(如月廿六日) 株屋発言  経済

朝日新聞によると、麻生首相は21日、官邸で開かれた経済危機克服のための有識者会合で、「株屋ってのは信用されていない」と述べた。貯蓄から投資への転換がなかなか進まない理由として言及したが、不適切との指摘も出ている。

「金融」をテーマとしたこの回の質疑応答で、麻生首相が安東俊夫・日本証券業協会会長に「東証(東京証券取引所)の閉鎖性を(市場の)参加者はどうして言わないのか」と質問した際、「株屋」の信用に言及。首相はさらに「やっぱり株をやっているって、田舎で言ったら何となく怪しいよ。『あの人、貯金している。でも、あの人、株やってる』って言ったら、何となく眉にツバつけて見られるところがあるでしょうが。(首相が)旧経済企画庁長官のときから『貯蓄から投資』って話は10年以上前から言っているが」などと述べた。 安東会長は終了後、記者団に、株取引についての首相の見方について「(一般的に)そういうとらえられ方がされているのは事実」としながらも、「株屋」発言は「好ましいことではない」と語った。 民主党の鳩山由紀夫幹事長は鹿児島市で記者団に対し、「証券会社をさげすむ発言は断じて許されない」と述べた。

まあ、ある意味正しくもあるかもしれない。その業界に就いている私がいうのも変だが、投資と投機の区別が結果としてつかない場合は多いのがこの世界である。

しかし、この政府が各界の意見を聞く「経済危機克服のための有識者会合」をマスコミはどう報じているのか。「オールジャパンで英知を集める」(麻生太郎首相)のが狙いで、10分野の有識者計84人を招く異例の会合だったのだ。1人の発言時間は数分と短いなど、突っ込んだ議論はほとんど見られず、追加経済対策に反映させることができるか全く疑問である。要するにセレモニーというかパフォーマンスなのだ。本当に「有識者」の智恵を役立たせようと思うのならば、84人の一問一答を新聞は大特集すればいいのではないか。またテレビは特番を作って流せばいいはずである。日本を代表する有識者なのだから、もしギャラを払って集めるならばとんでもない額になる。そのご高説をタダでもらえるのである。

それができないのはなぜか。最初からバカにしているからだろう。しかし同じ有識者に自分達の企画だと高いギャラを払って出ていただく、その矛盾をなぜ正視しないのか。
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(如月廿五日) 福祉利権  社会

群馬県渋川市の高齢者向け住宅「静養ホームたまゆら」で19日夜に起きた火災で、あわせて10人が犠牲となった。同施設は有料老人ホームとしての届け出はないが、東京都墨田区が入所先が見つからない生活保護受給者を紹介するなど、都内の自治体の受け皿になっていた。うば捨て山、というよりも、人捨て山だったのだ。

「調査が甘かったとの批判は甘んじて受ける」。静養ホームたまゆらに入所者を紹介していた東京都墨田区の担当者は産経新聞の取材で、たまゆらが県に無届けの施設であることを把握していなかったと認めた。都内の施設には余裕がなく、生活保護を受給している高齢者らの入所先は、近隣県の施設に依存せざるを得ない実態も浮き彫りになった。墨田区保護課によると、たまゆらには墨田区の紹介で50〜80代の男女15人が入所。入居者は20数人だったらしいので、なんと半数以上が墨田区が「捨てた」生活保護者などである。

あの耐震偽装騒ぎの時に登場したホテル建築コンサルタントのおっさんがいた。その土建屋たちが建てたものを調べていて驚いたのは、地方の老人介護施設の多さだった。いずれも「廉価」という名前の耐震偽装の手抜きで、それこそ雨後の筍の如く乱立していたのである。利権談合の土建屋がハードで福祉や介護を食い物にして儲けようとしているのなら、その中身であるソフトで稼ぐ仲間がいても不思議ではない。

介護や食事のサービスを提供する高齢者施設は、老人福祉法で「有料老人ホーム」として各都道府県に届け出なければならない。現在は収容者数の要件も廃止され一人でもいてひとつでもサービスを提供していればことごとく届ける義務がある。しかし驚くべきこと無届け施設について厚生労働省は把握していないのだという。罰則はあるが強制的に届け出をさせることはできない(厚労省)という。こうした「罰則はあるが強制力はない」という法律は実に多い。では何のための法律か。役人に「裁量権」という利権を与えているのである。「しんどい仕事」である生活保護などの「人捨て山」にしている福祉と介護は今後、こうした政官業の利権談合の最後の草刈り場となるのではないか。
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(如月廿四日 有明月 春分の日) スタート  

今日はエッグ・アートのカリフォルニア・ファンシー・エッグが制定した「卵の日」。生命が芽生える日として、春分の日と同じ日が選ばれたらしい。もともと3月は農耕民族にとって活動を始める第一の月である。だからこそ、3月から数えて7番目の月がSeptemberであり、8番目がOctober,さらにNovember,Decemberだったのである。昨日の20度を上回る陽気とは裏腹に風の強い日だったが、もうすっかり春である。

きのう卒業式を終えた向かいの小学校の校庭の桜は一輪二輪と花を咲かせている。東京の標本木が靖国神社にあるのはよく知られているが、兵庫県というか神戸のそれは王子公園の中にある。ニュースで知る限りはまだのようだが。

三連休や春休みとあって人出は多いようだ。関西では今日から近鉄難波駅と阪神尼崎駅が直通で結ばれ、三宮から奈良まで乗り換え無しでいけるようになるらしい。WBCもあるが明日から甲子園は「センバツ」。新装成った甲子園球場がプロ野球で披露されるのではなく、高校野球で始まるというのもいいものである。時間があれば行ってみますか、幸い愛媛からは今治西、西条と二校が出場する。わが丹原を挟んでニア地元の両校の活躍を期待したい。
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(如月廿参日 下弦) 大阪探訪  プライベート

午後に天満へ。とても和やかなムードだ。こういうところがいいなあ。目の前の銀行が目に付いたので、昔お世話になった方にと思ったが、携帯には応答なし。期末で忙しいのかな。ぶらぶらしている場合じゃないよな。

東京の単身赴任ということで、auの通信携帯も使用したが、これも不要ということで解約の手続きをおこなう。でも堺筋本町のauショップは相変わらず愛想が非常に悪い。携帯ショップに行ってこれほど気分を悪くする店はない。ずっと変わらないというのもおかしいんじゃないの。

地下鉄代がもったいないので梅田、北浜、本町と歩いていたら昔の上司に見つかる。少し喫茶店に入ってWBCの観戦。日本は韓国相手だとダメだけど、キューバには相性がいい。今日もこのままなんとか勝ちそうである。しかし、キューバが二次ラウンドで姿を消すとは、野球はわからないものである。

目指していた顧客の都合で夕方の面談が来週に延びたので、前々職の後輩からメールがあったので時間を貰って、またまたお茶。どこも変な奴がいることには変わらない。自分が流されないでどう判断するかが大事ということだ。この大阪で20年も前に広島から転勤してきて、鍛えられたという思いはある。昔のスタイルに戻るだけであり、人と人の付き合いを大切にするということである。
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(如月廿弐日) 夕暮れ時  プライベート

とりあえず東京にGood-by。朝から部屋の片付けをおこない、少々早いが明日のごみ収集日にあわせて袋詰めである。TVではWBCの日韓戦をしているが、初回から日本が浮き足立って先制される。このパターンに日本は弱い、しかも3点。イチローのバットは完全に湿っておりこれは重傷。ショック療法も考えなくてはならないのかもしれない。まあ、こちらもショック状況にあることには変わりない、ははは。

何か責任をかぶせるような上司がいることには慣れているが、そこまで回避されると人間としての評判を疑うだけである。誰もが責任を取らない体制ほど怖いものはない。自分だけが正しいとは決して思わないが、物事にはある程度の許容の範囲というものがあるのではないか。

6時を過ぎ少し暗くなって最後のゴミを出す。古いコートともお別れである。日常の通勤客を乗せた地下鉄のなかで、大げさすぎる荷物の山と戦っていたが、新幹線が見えてくるとそれも苦にならない。家に電話を入れ、大体の時間を使える。あの娘が自分の部屋のカレンダーに「3/18 パパおむかえ」と書いているらしい。娘の直筆となると、小学校の卒業式のときに「パパ ママ ありがとう」とたどたどしい字で魚の形の台紙に書いていたのを思い出す。この娘のためにも人生もう少し頑張ろうと思うと、車窓からの夕暮れ時もそんなに寂しいものではない。

甲子園口に着けば娘も乗った車が止まっていた。ゆったりとバスタブに浸かっていると、ヒゲをちゃんと剃ったかと娘のチェックが厳しい。髭剃り後のローションも義務付けられている。でもこの「追求」ほど和むものはない。明日から普通の生活をしよう。
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