(如月壱拾九日) 塾  社会

塾といっても学習塾の話ではない。幕末に明治維新を準備した「塾」として、大塩平八郎の洗心洞、吉田松陰の松下村塾、生田万の桜園、福沢諭吉の慶応義塾、近藤真琴の攻玉社などがあった。あまり知られていないが、昭和初期の大恐慌下にも全国各地に「塾」が隆盛を誇っていた。このときは、経済的復興をめざす志向が日本型ファシズムと合体していってしまうという強い傾向があった。

イデオロギーの呪縛と絶縁しつつ個人が信念をもつのは、並大抵のことではない。他者に対する卑下や盲従と同じく、イデオロギーというのは麻薬である。いかなる社会問題も個人的な悩みも、いきなり正解に飛びつけるわけはなく、全体像を歴史的に把握しようとする意思を長く持ち続けること、そして同時にその意思を自己目的化せず、身に降りかかる諸問題を必ず解いてみせるという気迫と正確な羅針盤を持つことが肝要である。

この二週間あまり、自分を見直す機会ができたことは私の人生にとって、とても有意義だった。身に降りかかった問題に勝つ気迫を持たなければ、前には進めないのだ。
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