(卯月廿日 更待月) 北方領土  政治

ロシアのプーチン首相が来日しているが、一般紙面を賑わすことは少ない。強いてあげれば産経新聞が《北方領土をめぐる報道で実感するのは、日露交渉での日本側の顕著な劣勢である。北方領土の4島返還という言葉が出てこない。ほとんどの新聞が“3・5島論”を取り上げ、交渉の大前提が、日本政府の対ソ連・ロシア外交の基本であったはずの4島返還から3・5島へと大後退したかのようだ。この状況を招いた直接の責任は麻生首相、谷内正太郎前外務次官らにある。今回、麻生首相は実態の裏づけのない期待に踊らされ、結果を確かめて然る後、初めて与えるべき種々の経済的譲歩をロシアに与えてしまった。》と述べるぐらいだ。
     
1945年夏、欧州戦線を収束して国全体がほっとしているソ連のスターリンには日本と戦争をする意思は無かったはずである。彼の優先事項は、終戦でガタガタになっている欧州全域に社会主義を浸透させ、多くの国を社会主義陣営に引き込むことだった。それには邪魔なアメリカが何時までも日本と戦争を続けて、欧州に手が回らない状況がソ連にとっての国益であった。

しかし、硫黄島や沖縄の戦闘で大きな被害を受けたアメリカは、日本本土戦で同じような被害を出すことを恐れ、日本に早期降伏をさせるために、原爆の準備を急ぐと共に、ソ連の対日参戦が必要と考えたのである。ソ連を動かしたのは千島列島だった。ヤルタ協定にもあるように千島列島こそが、ソ連が対日参戦した目的かつ条件だったのである。しかし、戦後アメリカは対共産圏包囲のために日本を反共の砦としたため、日本に対して北方4島は日本のものだと言うリップサービスをした。これはパレスチナとユダヤを巡り、二枚舌を使ったイギリスと同じなのである。アングロサクソンのやりそうなことである。

アメリカはわざと国境を曖昧にしておいて、将来両国が無益な争いをすることを仕掛けたわけで、これは当時のアメリカのソ連封じ込めの立役者のジョージ・ケナンの政策で公文書にも記されている事実である。アメリカの謀略が今も有効に機能しているのである。
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