(皐月壱拾四日 待宵月) 足利事件  社会

週末のTVを見ていると、4日の足利事件で釈放された菅家利和さんを釈放された件をどの局も流していた。無期懲役が確定した菅家さんが再審開始前に触法されるのは異例というが、当たり前の話である。

彼を犯人にでっちあげた捜査官、科捜研の面々や検事たち、また彼が犯人でないことをうすうす気づきながら起訴をし、かつ死刑ないし無期懲役を求め、それに疑いを挟む能力をまったくもたなかった多数の裁判官は、菅家さんに心からの謝罪をしていただきたい。このたびの経過に何も感じないプロたちは即刻退場すべきではないか。

冤罪は許されるべきではないが、残念ながら完全になくすことはできない。しかし、誤りに気づいたときは迅速に舵を切るべきである。なぜ、どのセクションの人が、いつ、どこで、どのように捜査や公判維持を誤ったのかを公表すべきだろう。それがなければ、マスコミが積極的に動くべきではないか。彼を追い込んだ責任はマスコミの過剰報道にもあるのだから。しかも個々の小役人をつるし上げるためにではなく、誤りを誤りとして認め、関係者に謝罪し、皆で再起を誓うためである。

これから裁判員制度が始まる。素人に、こんな複雑な事件が判断できるのか、という意見も軽々しくニュースショーで開陳された。しかし、閉鎖的でない教養と常識的な判断力があれば、裁判官諸君よりはずっとマシな評決をできるのではないかと、今回の事件をみて再認識させられるのではないか。

しかし、栃木県警、東京高検ほか関係者の方々、少なくともあなたがたは、決して事実から目をそらしてはいけない。そう、犯人は別にいるのだから。

おそらく足利周辺に、連続幼女殺人魔は今も狂気をもって、まさに野放しにされている。冤罪は正されつつあるとしても、これだけ無為な時間が過ごされたがために、また別の犠牲者が出ていたのではないか。それらしき未解決の幼女不明事件があるのではないですか。
1




AutoPage最新お知らせ