(皐月壱拾六日) あれから1年  社会

昨年の6月8日は日曜日だった。東京秋葉原で狂気の殺人鬼が7人もの尊い命を奪った。重軽傷も10人以上ではなかっただろうか。歩行者天国のストリートにトラックで突っ込み、ナイフで誰かともなく刺していった。

今日の秋葉原は報道陣が花を手向ける人たちに取材をしていなければ、まるで何事もなかったようにTV画面からは見えた。自分を悲観し、その道連れに多くの人命を奪うという許せない行為は当然死刑に値する。しかし、この加害者も自分が死にたいと思っていたのだから、死刑になることに躊躇いはないのではないか。

大阪池田の大阪教育大学付属小学校で起こった児童殺傷事件でも加害者、宅間は死刑を望み、控訴しなかった。法務大臣は異例の速さで死刑の署名をおこない、宅間はこの世から消えていった。そして今回の加藤智大も一審で死刑が求刑されれば本望達成ということになりかねない。これでいいのか。死刑判決の執行は法治国家として当たり前であるが、宅間や加藤のような加害者に同じように適用してもいいものだろうか。

自分で死に切れずに他人を巻き添えにする殺人者の処遇は、別の方法があっていいのではないか。
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