(閏皐月壱拾壱日) IAEA  政治

天野之弥氏が国際原子力機関(IAEA)の事務局長に当選した。IAEAの事務局長はリアルなパワーバランスの国際政治の上では、国連事務総長を上回る地位である。国連は最悪の場合、国連軍を作っていずれかの国に懲罰を与えることができるが、その現実の戦場においては核兵器が圧倒的な力を持つわけである。その核を管理するのがIAEAであることを考えると、このポストの重要性がわかるだろう。

実際国連の事務総長よりも前事務局長のエルバラダイ氏の方を耳にしているはずである。その国連事務総長は韓国人でIAEAの事務局長は日本人になった。ややこしい有色人種国家の問題は自分達で始末をつけろよというのが白色人種の本音だろうか。

しかしこの当選劇は薄氷の勝利ではあったらしい。対抗馬は南アフリカだったが、ここは一度核兵器を開発しようとした国である。どういうつもりかね、ははは。しかし、日本人が核の管理人になってもっとも嫌なのはおそらく中国である。途上国に影響力を拡大する中国が「日本の当選阻止に動いた」(外交筋)と共同通信は伝えている。いわば外交の場は戦場であり、日本国はその戦争で勝ったのだから、今回ばかりは外務省をほめるべきか。

しかしこの天野氏は外務省にとって、いわば最終兵器というべき人であった。東大には理系で入ったのだが、そこから文科系に転籍も可能なのに、わざわざ入り直しているのである。そして外交官への道を選んだのである。外務省は日本の原子力外交の切り札として育て、国連関係の部署を歴任させながらも十数年前に総合外交政策局科学原子力課長になっている。外務省にこんな部署があること自体が妙なものだが、「唯一の被爆国」としての立場も、こうして使われているのである。

天野氏はスペシャリストではあるが、いわゆるラインではない。普通の役所なら今ごろナントカ機構に天下って、朝10時ごろに黒塗りの車が迎えに来て、麹町あたりのビルで秘書のおねーちゃんを侍らして、新聞を読んでお茶飲んで17時にはまた車で帰るという人生を送るところだが、外務省は彼をそうはしなかった。10年ほど前に官房審議官で、本来ならこれであがりのところをハーバードの研究員に出し、そのあと本省でラインというよりもスタッフの職につけ、IAEAのあるウィーンの国際機関担当の大使に出し、今回のチャンスを虎視眈々とうかがっていたのである。キャリアはこう使うべきという好事例である。

天野氏は、イランが核兵器開発能力を持とうとしていると確信しているかというロイターの問いに対し「IAEAの公的文書にはいかなる証拠もみられない」と答えている。エルバラダイとは一線を画した発言であり、背後にアメリカの影もみえそうである。しかし、「イランやシリアといった国々への対応について、穏健な事務局長にも強硬な事務局長にもならない」と語っている。日本の首相も「アメリカに対しても中国に対しても、穏健な首相にも強硬な首相にもならない」と言える人物にならないと。
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