(文月壱拾弐日) アサドク  社会

「麻毒」ではなく「朝読」の話である。

全国学力テストの結果を巡り、小中学校で大きく明暗が分かれた大阪府では自ら「教育改革」を主導してきた橋下知事が、小学生の成績向上に「短期間でよく結果を出してくれた」と一定の評価を示した。一方で、順位が下がった中学生の成績について「誰の責任なのか原因追及する」と厳しい口調で宣言し、「保護者の皆さんは怒ってほしい」と呼びかけ、「小学生では成果が表れた」と前向きに受け止める府教委をよそに、「改革」を加速させる勢いのようだ。
     
全国学力テストの上位は、秋田、福井、青森、広島、石川県の順となっている。親の所得が高いほど、子供の学力も高く、相関しているという話をする人もいるが、上位の結果を見れば相関関係は低いはずである。ならば、他に学力と連動するものはないかと調べると、「朝の読書(アサドク)」運動をしている小中高の普及率ランキングと連動性が高いことが分かる。

アサドクとは、学校で毎朝授業開始前に10分間皆でめいめいが好きな本を10分間読む運動のことだ。多くの学校では遅刻が多く、授業に集中できない子供が多く、学級崩壊状態にある。これがアサドクを続けるうちに変わっていくのである。

大阪府は算数の100マスプリントをさせるという対処療法で小学校の成績を持ち上げることが出来たが、アサドク普及率は全国最下位である。よって、基本的な勉強の取り組みの習慣が出来ていないので、中学になると基礎学力の無さが出てしまうのである。

文部科学省は、アサドク用の本を増やそうと2007年から新学校図書館図書整備5カ年計画を始め、毎年200億円を予算化している。具体的には地方交付税として地方自治体に渡しているのだが、受け取った地方自治体によっては、そのお金を図書館の本の購入に向けずに、他に使い込む例も少なくない。

誰の責任なのか原因追及すると犯人を捜してみれば、予算を他に流費した自分かもしれないという事実に知事は気付くのだろうか。
0

(文月壱拾壱日) 粛々たる革命  政治

政権選択が争点となった衆院選が投開票された。民主党の獲得議席は定数480のうち308に達する圧勝で、予想通り政権交代を果たすことになった。民主党の鳩山代表は9月中旬に召集を予定する特別国会での首相指名選挙で首相に選出され、社民、国民新両党との連立政権を発足させることになる。自民党は1955年の結党以来、初めて第1党の座を明け渡す歴史的敗北を喫した。野党第1党が選挙で過半数を獲得し、政権を奪取するのは戦後初めてである。

結果ではなくこの「出来事」そのものが、実は今回の選挙の最大の果実なのである。小選挙区制では一夜にして天下人が変わる可能性があるということを私たちは知ってしまった。民主党もまた4年後には逆の立場になりうるということだ。つまりは私たちはそんな恐るべき武器を手にしたということなのだ。

今回の選挙の最大の勝者は有権者であるということ自体、それは素晴らしいことだが恐ろしいことでもある。それだけの力を行使するだけの能力を私たちが果たして本当に持っているのかどうかを立ち止まって考えなければならない。「結果」を生み出した「プロセス」をこちらはまだしぶとく生き残っている記者クラブの方々は政局話として書くだろう。

しかし、実のところそうではない。政権交代という「結果」が新しいというのではない。そうではなくこういう「結果」が出ることがありうるという「プロセス」を私たちが手にしたことこそが、新しい時代なのではないだろうか。
0

2009/8/29(文月壱拾日)  官僚支配の打破  政治

いよいよ明日で政権交代が実現しそうである。その政権の座に着く民主党の主張の1つの骨子は「官僚支配の打破」である。しかし、歴史を振り返れば、この官僚という化け物は政権をひっくり返すだけの力を持っていたのである。

鳩山由紀夫氏の祖父、一郎氏が初めて得た大臣の座は文部大臣である。ところが、この大臣の職を汚職の疑いで辞する事になる。その後、上司である斎藤実首相も内閣を総辞職する羽目になった。これは、平沼騏一郎らの検察がでっち上げ、のちに全員が無罪となる帝人事件を仕掛けられたためである。日本の司法制度では検察の職務範囲と権限が世界で一番広く、検察が内閣を潰そうと思えば簡単に出来る仕組みになっているのである。

検察が内閣を潰した最初の事例は第1次山本権兵衛内閣で、これも平沼騏一郎が、首相とは無関係だったが、無理やりシーメンス事件に関与しているとのリークを新聞に流して、世論の批難をあおり内閣を総辞職させた。

なぜ、平沼らの検察が山本内閣を倒閣しようとしたのか?それは山本内閣で文官任用令を改正し、公務員試験に合格していないものでも自由に法制局長官、警視総監等の高等管理職に任用出来るようにしたためと見られている。折角、高文試験合格者の特権となった職を政治家に奪われる事を嫌い霞ヶ関の後押しを受けて、検察が恣意的に倒閣したのである。その証拠に、後継の第2次大隈内閣では文官任用令が再改正されて、高文試験合格者のみの任官となり、政治任命が出来なくなったのである。

この文官任用令は次の次の原敬内閣で山本内閣と同じ内容に変わり政治人用が可能になった。原敬は政治任命をごり押しせず、逆に高級官僚の多くを政党に取り込み官僚出身の国会議員を増やした。そして、国会議員となった元高級官僚を政治任命し、大臣への登竜門としたのだ。高級官僚を政党に取り込むことで、政治が自由に官僚を動かせるようにしたのである。吉田茂、岸信介、佐藤栄作、池田隼人、福田赳夫、大平正芳といった元首相をはじめとする官僚からの人材スカウト制度が延々と続くことになったのである。しかし、自民党はこうした歴史を無視して、人材を世襲に求めて、官僚からのスカウト路線を廃止している。さて、民主党は官僚をどう扱うのだろうか。
0

(文月九日)  医療賠償  社会

福島県立医大付属病院ではこの4月から、帝王切開経験者の自然分娩の受け付けをやめている。通常より子宮破裂などの危険が高い一方、産科医と婦人科医が計2人しかおらず、当直時の緊急の帝王切開ができないのが理由という。この病院では1995年、同市の幕田美江さんが同病院で子宮破裂を起こし、帝王切開で出産した次女は脳性まひを負い2000年に死亡した。幕田さん夫婦は、同病院のミスとして損害賠償を求めて提訴。今年2月に仙台高裁で和解している。その条件にはインフォームドコンセントや、子宮破裂に速やかに対応できる体制を整えることなど再発防止マニュアルの作成が含まれた。
     
福島県は出生率が全国で2位か3位の、日本では珍しく女性が子供を積極的に産もうとする県である。しかし、2008年の出産1000人に対する死亡者数を示す周産期死亡率は平成17年を契機に悪化して全国のワースト5位になっている。福島県では女性が出産することが急速に高リスクになっている。

理由は、医療の適正基準を医師が決めているのではなく、裁判所と検察と警察が決めているから。通常なら、専門家の医師が医療内容を決めているのが福島県では異なっているのだ。平成17年には、通常の医療行為をした医師を警察が逮捕するという事件が起きた。この結果、福島県のほとんど全ての産婦人科が廃止されて無くなった。

帝王切開経験者の自然分娩では一度子宮に傷が入っているため、もろくなっており、150人に1人位は子宮破裂が起きる。この対処のため、帝王切開手術を破裂後18分以内にするのが、適正な処置だと裁判所が決めたのである。(これが出来るのは、自然分娩も手術室でして、医師も有り余るほどいる産科のみ。日本にはまず存在しない。)

こうした基準が出来てしまえば、病院にできる対処は「看板を下ろすこと」しかない。低確率でも不幸な事例が顕在化すれば、たちまち有罪になるからである。

日本の医療は裁判所によって崩壊しつつある。
0

(文月八日) E・ケネディの死  政治

エドワード・「テッド」・ケネディ米上院議員が亡くなった。言うまでもなく大統領と、その候補に擬せられながら亡くなった二人の兄を持つケネディ家の「第三の男」だが、ひとりの独立した政治家として見ても、まことに屹立した存在だった。この3人を見るならば、あるいは政治家に向いた遺伝子があるのではないかとも思うし、家庭や一族という環境がそれを作り上げるのではないかとも考えたくもなる。一概に政治家の世襲を否定するのも考えものだろう。

いま、世界が熱狂しているオバマという大統領を作ったのは、実はこのテッド・ケネディだと、米国の政治をいくらかでも知る人々はわかっているだろう。いち早く彼がオバマ支持を表明した時には全米は驚いたのではないか。フロンティアを目指すケネディ家の血が、黒人大統領というハードルを軽々と越えさせたのだと誰もが思ったことだろう。ちょうどテッドは脳腫瘍が判明したばかりだった。しかし、手術を受けた直後に車椅子に乗って民主党の大会に登場。そこでオバマ支持を表明したのである。このあたりの役者ぶりは、二人の兄譲りとも言える。

さらに忘れてはいけないのは、ブッシュのイラク侵略に対して毅然として反対を唱えたことだった。思い出して欲しい。9.11への反発と怯えから、当初はアメリカ国民はブッシュに対してイケイケと背中を押したはずだ。しかしテッドは最初からブッシュに公然と反旗を翻した。この時の言葉は歴史に既に刻まれている。

「戦争は最後の手段であって、最初の対応であってはならない」。

政治とは政治家とは言葉であるということをしみじみと思う。歴史が記憶するのはこの一上院議員のものであり、ブッシュはそのあまりに多い言い間違いでは覚えられても彼の言葉で残るものはないだろう。

テッドはアメリカの「リベラル」の重鎮とされてきた。それを考える時に「リベラル」が日本では間違った言葉として使われていると思わざるを得ない。たとえば自民党の中で「リベラル」と言えば河野洋平や加藤紘一の名前が浮かぶだろう。しかしアメリカではどんなに「リベラル」といっても売国の意味は決して持たない。愛国の方向性の違いに過ぎない。

あと数日で民主党が政権を奪うと「リベラル」という言葉の意味が真剣に吟味されることになる。「リベラル」を貫くことはブッシュのような硬直化した保守を演じることよりもずっと難しく、勇気がいることなのかもしれない。もちろんそれは根底に国を愛する気持ちがあってのことである。
0

(文月七日 旧七夕) 自動販売機  経済

コカ・コーラウエストが自動販売機運営大手のアペックスと業務提携し、保有するカップ自販機の運営を全面委託するという。メンテナンスなどに手間がかかるカップ自販機の運営を委託し、自販機事業の効率化を図るということだが、これには裏があるようだ。

日本のコカコーラの歴史は自動販売機の歴史でもある。店舗販売が浸透せずに赤字を作っていったので、活路を自販機設置に求め、それが大成功の要因になった。全国津々浦々にあるコカコーラの自動販売機は約100万台。2位のサントリーの2.4倍を誇る。24時間、文句も言わずに人件費を払わないでも黙って売ってくれる自動販売機が、日本のコカコーラグループの1.5兆円の売上げを支える。実際にはコーラだけ売れるのではなく、コーヒーのジョージアやアクエリアスや爽健美茶のほうが多いくらいだが、同グループの売上げに変わりは無い。

大事なのは利益だ。自販機からの売上げは3割に過ぎないが、利益では7割を占める。自販機は定価で売ってくれるし、流通マージンもかからないからだ。世界のコカコーラの中で日本は5位の売上げに過ぎないが、利益は2位を占めるのも、日本のコカコーラが世界でダントツに高く売れるからだ。アメリカでは高く売れる6本入りコーラパックですら1ドルなのに、日本では1本が1.5ドルなのだ。この世界一儲かる、コカコーラの自動販売機が売れなくなっている。

考えて見れば話は簡単。誰が自販機から買っていたのか?それは、工場やオフィスで働く人たちに他ならない。言うなれば、派遣労働者達である。労働時間中のつかの間の休憩のひと時を、工場内やオフィスにある自販機から買っていたわけだ。ところが、派遣切りが深刻化し、給料も絞られてきたので、自販機から買って休憩することも夢となってしまったのである。
0

(文月六日)  緊急地震速報  

今朝千葉沖で地震があり、気象庁は緊急地震速報を流したのだが、これがなんと誤報だったという。気象庁によると、地震そのものは発生したが、マグニチュードは4.1で、体に感じない程度のもので、緊急地震速報が発表された原因について調べているらしい。

このレベルで速報を流していたら、毎日出ることになって、本当の危ない時でも狼少年状態になってしまう。これが間違って流れた「誤報」なのか、震度評価を誤った「虚報」なのかわからないが、メディアはその落ち着き先までしっかりと報じるべきだ。

しかし日本列島は何か「興奮」しているのではないか。群発する地震のお互いの関係を専門家は否定するが、その専門家であるべき気象庁が何か浮足立っていることを、今回の速報は暴露したような気がする。
0




AutoPage最新お知らせ