(文月八日) E・ケネディの死  政治

エドワード・「テッド」・ケネディ米上院議員が亡くなった。言うまでもなく大統領と、その候補に擬せられながら亡くなった二人の兄を持つケネディ家の「第三の男」だが、ひとりの独立した政治家として見ても、まことに屹立した存在だった。この3人を見るならば、あるいは政治家に向いた遺伝子があるのではないかとも思うし、家庭や一族という環境がそれを作り上げるのではないかとも考えたくもなる。一概に政治家の世襲を否定するのも考えものだろう。

いま、世界が熱狂しているオバマという大統領を作ったのは、実はこのテッド・ケネディだと、米国の政治をいくらかでも知る人々はわかっているだろう。いち早く彼がオバマ支持を表明した時には全米は驚いたのではないか。フロンティアを目指すケネディ家の血が、黒人大統領というハードルを軽々と越えさせたのだと誰もが思ったことだろう。ちょうどテッドは脳腫瘍が判明したばかりだった。しかし、手術を受けた直後に車椅子に乗って民主党の大会に登場。そこでオバマ支持を表明したのである。このあたりの役者ぶりは、二人の兄譲りとも言える。

さらに忘れてはいけないのは、ブッシュのイラク侵略に対して毅然として反対を唱えたことだった。思い出して欲しい。9.11への反発と怯えから、当初はアメリカ国民はブッシュに対してイケイケと背中を押したはずだ。しかしテッドは最初からブッシュに公然と反旗を翻した。この時の言葉は歴史に既に刻まれている。

「戦争は最後の手段であって、最初の対応であってはならない」。

政治とは政治家とは言葉であるということをしみじみと思う。歴史が記憶するのはこの一上院議員のものであり、ブッシュはそのあまりに多い言い間違いでは覚えられても彼の言葉で残るものはないだろう。

テッドはアメリカの「リベラル」の重鎮とされてきた。それを考える時に「リベラル」が日本では間違った言葉として使われていると思わざるを得ない。たとえば自民党の中で「リベラル」と言えば河野洋平や加藤紘一の名前が浮かぶだろう。しかしアメリカではどんなに「リベラル」といっても売国の意味は決して持たない。愛国の方向性の違いに過ぎない。

あと数日で民主党が政権を奪うと「リベラル」という言葉の意味が真剣に吟味されることになる。「リベラル」を貫くことはブッシュのような硬直化した保守を演じることよりもずっと難しく、勇気がいることなのかもしれない。もちろんそれは根底に国を愛する気持ちがあってのことである。
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