(長月廿参日 下弦) 無気力  社会

ベルリンの壁崩壊から20年という歴史的な日なのに、新聞は休刊日。この談合主義がなくならない限り日本のメディアに期待しても無理なようだ。その休刊日だったので気づくのが遅れたのだが、広島県知事に新人の湯崎英彦氏が当選したようだ。父親が広島大学教授、1985年に広大付属卒、東大を出て旧通産省入省、1995年にスタンフォードでMBA取得(鳩山さんの後輩ですか?)2000年のITバブル当時に、アッカ・ネットワークスを設立、2005年にJASDAQ上場と絵に描いたようなサクセスストーリーで、ついに県知事という一国一城の主になったのである。

経歴から見て優秀な方のようで、この転身をどうこういうつもりも無い。しかし、問題は長年の藤田知事時代から新人5人の争いになった選挙なのに、投票率はわずか33.71%である。女性県議2人も参戦していたようだが、どうにも盛り上がらない選挙だったようだ。期待する候補者がいないといても投票をしないという選択はいかがなものですか。昨年まで4年間広島県民であっただけに非常に残念です。

でも同時に行われた県議の補選ではもっと悲惨な状況だったようだ。知事選出馬で欠員となった広島市南区では有権者110826人で投票者は36196人、投票率32.7%で33歳の新人が18,718票で当選しているのはまだましで、同じ西区では有権者が147534人もいるのに37歳の民主党候補者が無投票当選しているのである。何じゃこれ?なんでもかんでも民主党じゃないでしょう。おいおい、自民党は何をしとんじゃわれ。でも三原市世羅郡選挙区では前回選挙で次点に泣いた自民党候補者が無投票当選しているので、民主自民ともお互い様かぁ。

それにしても地方経済の疲弊が心配されているが、そこに住んでいる人たちが元気を出さなくてはあかんでしょうが。広島県民頑張らんかい!
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(長月廿弐日) 奪回  

読売が4勝2敗で日本一。のむさんも予想通りでほっとしているのじゃないですか。それとも息子の情報が役に立ったのでしょうか。これも第5戦が全てじゃなかったですかね。王手で札幌に帰って、6戦を落としても最終戦はダルビッシュがいる、ということであれば日ハムもあんな拙攻はしなかったでしょう。亀井、阿部の中大コンビにやられましたよ。今回は。武田久もあれではセーブ王の名が泣くが、それも野球である。

しかし、野球は原で始まり原で終わりましたね。選手時代プリンスとよばれ、そこそこの成績を上げたのに、さすがにあのONの後では役者不足で、日本選手で埋めるには落合クラスしかなかった。時代のせいにしてはいけないが、原もついていなかった。でも私にとって二歳下だが、高校野球当時の原辰徳ほどかっこいい奴はいなかった。定岡率いる鹿児島実業との準々決勝は夜の甲子園をうならせたものだ。

読売グループの人事異動という屈辱的な解任から再び立ち上がり、セリーグ制覇、しかし中日落合にまさかにCSでの敗戦、さらに昨年は王手をかけながら、西武岸のカーブに手こずり敗戦、三度目の正直で日本一。WBCの世界一も監督問題であれだけ揺れたのに、日本シリーズ優勝監督でもないのに買って出たその男気に野球の神様のプレゼントだったのだろう。

しかし読売が強いのではなく、回りが余に弱すぎるのも事実。今回の日ハムはここのところのパリーグの常勝チームに相応しい戦力であり、第一戦にダルビッシュが投げていればまた結果も変わっただろうが、タラレバは勝負に関係ない。おめでとうございます、原監督。
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(長月廿壱日) 外為セミナー  金融

外為どっとコム主催の大阪市内でセミナーがあり、無料というのでのこのこ出かけていった。席が1700名という大規模なもので、ベルトコンベヤーのごとく座席に着かされる。開始直前に入ったので後ろを見ていなかったが、満席ですという割には結構というか、1/3は空席でしたね、ははは。嘘はあきませんよ。

講師はモルガンスタンレーのフェルドマン。蝶ネクタイでWBSでよく見るあの方です。日本語流暢ですねえ。でも声が小さいのでマイクにうまく乗らないので、時々聞こえないのは難点でした。内容は特に目立つものではなく、まあ普通の見方ですよ。少々期待はずれですが、金払っていないのだから文句を言うのが無茶ですかな。

後は為替ではよく聴く酒匂さん、第一生命の熊野さん、そして外為どっとコムの植野さんによる一問一答、あれ、野村の植野大作じゃないですか。彼この会社に入ったのですか。野村時代のレポートはよく拝見しておりましたが、本人をお見受けしたのは今日が初めて。でも予想通り真面目が歩いてますねえ。でも3人の中では一番好感が持てましたよ。

空席が目立つとはいえ、それでも会場には1000人以上居るわけで、退場時の混乱を避けるために終了予定時間の15分前に席を立つ。有料じゃないのですから、最後にいい話も無かったでしょう、ははは。

でも久しぶりに土曜日に大阪市内に出てきましたが、ターミナルの人の多さにびっくり。景気は悪いのは自分だけかぁ?
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(長月廿日) 松井MVP  スポーツ

今日はBSやネットでMLBのWシリーズ第六戦を見ている人が多かったのではないだろうか。かくいう私もヤフースポーツでずっとチェックしていた。2回に早くも松井が2ランを打って、これは今日で決まりかな、なにせまたマルチネスを打ったのだからと思っていたら、再び次の二死満塁で再びペドロからタイムリーヒット、これで4打点。おいおいMVPも可能じゃないかと思っていたら、とどめの計6打点。これでMVPじゃなかったら、在米の日本人は暴動を起こすべきだと真剣に思ったのだが、そこは多民族国家アメリカの余裕か、松井にMVP決定!

しかし、2002年に読売で日本一になりヤンキースにFA入団、翌2003年Wシリーズに出るも世界一になれず。それからは苦難の日々が続いていく。宿敵レッドソックスの松坂、岡島に先にWシリーズの栄冠を奪われ、手首の骨折、ひざの手術。今年は前半は出場機会にも恵まれず、後半ようやくDHで頭角を現して、今シリーズに臨んだが、フィラデルフィアでは当然代打のみ。しかし、DH3試合、代打3試合でMVPを取った選手は過去いないのではないだろうか。

今年は最終契約年で松井は要らないという声が渦巻く中で、彼はベストを尽くした。WBCに背を向けたことで批判も受けたが、それはそれで松井の生き方だろう。イチローだって、WBCでは喝采を浴びたが、地元シアトルではすこぶる評判が悪い。カネに煩いし、監督や同僚を批判するということでね。

でも松井のおかげで、米国社会で働いている日本人ビジネスマンは彼に感謝する日々がしばらくは続くことは明らかだろう。
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(長月壱拾九日) ある検事の勇退  社会

10月26日の法務省人事によると、秋田地方検察庁の検事正である井越正人氏が勇退したようだ。井越氏は長く西日本の検察の中で活躍した。知られたところでは広島高検時代に山口・光市の母子殺人事件を担当し、被害者の思いを十分汲み取り、最高裁での逆転死刑判決への道を拓いた。その前には、井越氏は大阪地検時代忘れられない事件を担当している。「イトマン事件」である。

1991年7月、大阪地検特捜部は大阪の老舗商社、イトマンの河村良彦社長、伊藤寿永光常務、そして不動産管理会社の許永中代表らを特別背任容疑などで逮捕した。その後名前の挙がった3人は実刑判決が確定し、伊藤は大分刑務所、許は黒羽刑務所で受刑中であり、河村は一度収監されたが、受刑生活には耐えられる健康状態ではないとして、現在ではとある所で余生を送っているはずである。

3000億円もの巨額資金が流出したこの事件は、私がこのイトマンの近くのビルのオフィスで働いていたこともあり鮮明に覚えている。特に河村社長は山口高商出身ということで(卒業ではなく中退だったと思うが)一応先輩ということで、とりわけ気になる存在だった。戦前に住友銀行に入行し、中興の祖といわれた磯田会長にかわいがられ常務まで上り詰め、倒産寸前だったイトマンを立て直したというのが、私が社会人になるまでの河村社長だったのである。

しかし、イトマンが再び傾くと(これは住友銀行の別働隊として平和相互銀行の取得などがあったためである。)例の伊藤某を引き入れ、イトマンを闇の世界にいざなったのである。この頃から表と裏の世界がぐちゃぐちゃになってきた。大阪というところは怖いところで、夜の北新地では後ろに座っているのは○○組の人というのが結構あるので(当時の話で今は行かないので知らないが)たわいの無い話だけをするように上司に言われたものである。

そのイトマンを担当した井越氏が勇退というのだから時間の過ぎるのは早いものである。なにせその頃から私、結構許永中に似ているといわれたもので、実際その筋の人に親族と間違えられたという本当に恐ろしい経験もあるのですから。
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(長月壱拾八日) 三村敏之  

10月29日のドラフト会議を夜CATVで見ていて、楽天の編成部長の三村氏が出席しており、体調はよくなったものだと思っていたので、突然の訃報にびっくりした。まだ61歳若すぎる死である。

三村といえばカープ初優勝の2番バッター。一番大下はこの年トレードで広島入りしたのだが、二人は同じ海田町出身で広島商業の先輩後輩である。これはプロ野球では極めて珍しいのではないか。激情家の大下と比べて温厚な紳士として知られていた三村だが、一度だけ激高したことがある。1975年の9月の対中日戦でホームベースでのクロスプレーで中日新宅と大喧嘩。両チーム乱闘騒ぎとなり翌日の市民球場の試合が中止になったほどだった。ちなみに乱闘といえば中日星野だが、この場面では広島ファンの少年から砂をかけられた。その少年が後の欽ちゃん軍団の風見しんごである。

1994年から5年間広島監督を務めたが、残念ながら優勝とはいかず、98年の5位が最後のシーズンだった。今は阪神の顔になっている金本など彼が広島の二軍から育て上げたといっても過言ではないほど、選手育成には定評があった。またヘッドコーチとして山本浩二監督の下2004年05年と再登場したが、弱体化したカープを立て直すことが出来なかったのは、本人には不本意だったに違いない。

タイトルには縁が無かったが、広島の第一期黄金時代の名ショートとして、ファンは忘れない。ゆっくりお休みください。合掌。
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(長月壱拾七日 望 文化の日) 木枯らし  プライベート

昨日江坂に用があって行ったのが夕方遅くだったせいか、御堂筋線のホームでは北風びゅーびゅーで冬本番だった。さぶー!

そして今日の文化の日、晴れの特異日であるゆえか、天気はいいのだが風が冷たい。太平洋側はいいが、日本海側は雪や雨で、完全に西高東低の冬の気象図である。各地で初雪の便りが平年より何日より早くというニュースが流れている。

来月からの計画もあって先週末からPCの前にずっと座り続けているのだが、休日ゆえ娘のリクエストで甲子園球場近くのSCへ。駐車場に入る自動車で渋滞といういつもの光景だが、ここはユニクロがあるし、この天気ではまたまた売り上げ大幅増という数字が10月に次いで11月でも同様なのではないだろうか。時代は2003年以来再び低価格勝負となったようである。でもこれではパイは増えないし、デフレが続くばかりで日本経済にはメリットはないことは言うまでも無い。

今月も月末には再び3連休もあり、本当に日本は休みが多すぎるのだ。気だけ焦り懐は木枯らし状態から脱却しなければならない。親子ともども就活は続くのである。
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