(長月壱拾八日) 三村敏之  

10月29日のドラフト会議を夜CATVで見ていて、楽天の編成部長の三村氏が出席しており、体調はよくなったものだと思っていたので、突然の訃報にびっくりした。まだ61歳若すぎる死である。

三村といえばカープ初優勝の2番バッター。一番大下はこの年トレードで広島入りしたのだが、二人は同じ海田町出身で広島商業の先輩後輩である。これはプロ野球では極めて珍しいのではないか。激情家の大下と比べて温厚な紳士として知られていた三村だが、一度だけ激高したことがある。1975年の9月の対中日戦でホームベースでのクロスプレーで中日新宅と大喧嘩。両チーム乱闘騒ぎとなり翌日の市民球場の試合が中止になったほどだった。ちなみに乱闘といえば中日星野だが、この場面では広島ファンの少年から砂をかけられた。その少年が後の欽ちゃん軍団の風見しんごである。

1994年から5年間広島監督を務めたが、残念ながら優勝とはいかず、98年の5位が最後のシーズンだった。今は阪神の顔になっている金本など彼が広島の二軍から育て上げたといっても過言ではないほど、選手育成には定評があった。またヘッドコーチとして山本浩二監督の下2004年05年と再登場したが、弱体化したカープを立て直すことが出来なかったのは、本人には不本意だったに違いない。

タイトルには縁が無かったが、広島の第一期黄金時代の名ショートとして、ファンは忘れない。ゆっくりお休みください。合掌。
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