(長月壱拾九日) ある検事の勇退  社会

10月26日の法務省人事によると、秋田地方検察庁の検事正である井越正人氏が勇退したようだ。井越氏は長く西日本の検察の中で活躍した。知られたところでは広島高検時代に山口・光市の母子殺人事件を担当し、被害者の思いを十分汲み取り、最高裁での逆転死刑判決への道を拓いた。その前には、井越氏は大阪地検時代忘れられない事件を担当している。「イトマン事件」である。

1991年7月、大阪地検特捜部は大阪の老舗商社、イトマンの河村良彦社長、伊藤寿永光常務、そして不動産管理会社の許永中代表らを特別背任容疑などで逮捕した。その後名前の挙がった3人は実刑判決が確定し、伊藤は大分刑務所、許は黒羽刑務所で受刑中であり、河村は一度収監されたが、受刑生活には耐えられる健康状態ではないとして、現在ではとある所で余生を送っているはずである。

3000億円もの巨額資金が流出したこの事件は、私がこのイトマンの近くのビルのオフィスで働いていたこともあり鮮明に覚えている。特に河村社長は山口高商出身ということで(卒業ではなく中退だったと思うが)一応先輩ということで、とりわけ気になる存在だった。戦前に住友銀行に入行し、中興の祖といわれた磯田会長にかわいがられ常務まで上り詰め、倒産寸前だったイトマンを立て直したというのが、私が社会人になるまでの河村社長だったのである。

しかし、イトマンが再び傾くと(これは住友銀行の別働隊として平和相互銀行の取得などがあったためである。)例の伊藤某を引き入れ、イトマンを闇の世界にいざなったのである。この頃から表と裏の世界がぐちゃぐちゃになってきた。大阪というところは怖いところで、夜の北新地では後ろに座っているのは○○組の人というのが結構あるので(当時の話で今は行かないので知らないが)たわいの無い話だけをするように上司に言われたものである。

そのイトマンを担当した井越氏が勇退というのだから時間の過ぎるのは早いものである。なにせその頃から私、結構許永中に似ているといわれたもので、実際その筋の人に親族と間違えられたという本当に恐ろしい経験もあるのですから。
2




AutoPage最新お知らせ