(神無月廿弐日) 開戦記念日  社会

今日12月8日は言うまでもなく大日本帝国が大東亜戦争の戦端を開いてから68年目の銘記されるべき日である。しかし、私が知る限りではテレビ各局のニュースでこのことにふれたものはほとんどなかった。新聞各紙も天声人語などの暇ネタコラムで無理やり触れているだけである。

なぜ8月15日はあんなに国を挙げて騒ぐのに、12月8日を素通りしてしまうのだろうか。このことはいま私たちが直面しているさまざまな問題に通じる、日本民族の宿命的なメンタリティというものに思い当たるのではないだろうか。そして、いま最も重要な外交課題である普天間基地移転を含むアメリカとの関係においても、この事実が根底に横たわっているのではないか。

日本人は大きな構想や戦略を建てることが苦手な民族である。相手に与えられた条件下で勤勉になにかをなし遂げることについては、世界でも指折りの優秀さを持っているが、自分の頭で何かを考え、骨太の方針を立ててやっていくということが下手なのだ。

戦後の高度経済成長にしても、経済重視で軽武装というアメリカが書いてくれたシナリオというか戦略に乗ってきただけではなかったか。それが行き詰まると、次にどうしていいかわからないまま、もう20年も迷走、ダッチロールを繰り返しているのだ。明治維新と大東亜戦争という近代の二つの大きな出来事が、外圧がきっかけで起きたことは決して偶然ではない。「外圧」というと被害者意識で語ることができるからである。

戦略が建てられない一方で、物事を振り返る時に日本人はかならず「情」で見る。物語を作るのが好きで、歴史を愛する。「過去を美化する物語」は大好きなのである。この時期になぜNHKが『坂の上の雲』のドラマ化をして、大騒ぎしているかと云えば、「これからの大きな物語」を描くのではなく、「過去を美化するという物語」の方が楽になれるからではないか。
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