(皐月壱拾七日) 大企業の退職者  社会

NPO企業の職業訓練では外部の講師の時間がある。今日は松下、あ、パナソニックを定年退職して今は神戸で経営塾というNPO法人を立ち上げている上田氏が今回の講師である。話の内容は立派なものだし、特に批判しようもないのだが、やっぱり大企業を定年退職したDNAを意識せざるを得ないようで、会社という言葉が頻繁に出てくる。私たちはその会社からドロップアウトした、いや、させられた集団なんですけどね。

でも龍谷大学の学長が新聞広告の写真で腕を組んでいる姿を、それではえらそうに見えるとわざわざ連絡して、数日後に新しく笑顔の学長姿が掲載され、龍谷大学からお礼状がきたと実物を示しながら自慢するのはどうですかね。確かに笑顔は素晴しいが、腕を組んで自信たっぷりの姿に頼もしさを抱く人もいるだろう。人それぞれなのだから、ほっとけばいいのにとノンポリの私は思ってしまう。

でも高度成長期に松下に入社した人間にとって、経営の神様と云われた幸之助氏の存在は神を超えた存在だったのかも知れない。未だに松下政経塾やPHP研究所など経済以外で多くの松下語録を引き継いでいるし、裸一貫から世界のパナソニックを作ったのだから、ソニーや本田と並んで日本企業の優秀さを示すものである。

私は幸之助氏が住んでいた西宮市名次町のすぐ近くのマンションに1988年から数年間住んでいた。その間に幸之助氏が亡くなり、大邸宅の周辺道路が車両の通行禁止になり、住民ですとわざわざ断りを入れないと入らせないという処置にあったことがある。邸宅の周りはいつも数名の警備員というより社員と思われる人が立っていたのを思い出す。まるで松下神社を守るように。

なにかおかしいのじゃないかと当時は思ったが、大企業の家族意識というのはそういうものかも知れない。本人たちが好きでやっていれば勝手にやればいいのだが、普通に考えればやっぱりおかしいということになるのではないか。阪神大震災の時に辻調理学校の校長は芦屋の自宅をあとにして京都のホテル住まいにして、自宅は学校の生徒に警備させたという話も有名な話だし、やっぱり金持ちにならないとそういう身分にはなれないと云うことだ。
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