(水無月壱拾四日) 養護学校  社会

小泉首相時代に障害児教育は大きく変わり、昔の養護学校は特別支援学校という名前に変更され、障害者の自立を促すことが主旨となっている。基本的な方向は正しいと思うし、親は基本的に子よりも先に死ぬので、残された障害者が困らないように手に職ではないが自立できるようにするのは間違っていないと思う。しかしそのなかで、個人の状態が千差万別で一律的な自立を考える公権力のむなしさを関係者はいつも痛感しているはずである。

私の娘が阪神養護学校に通っていたのは11年前から5年間だった。中等部、高等部は合わせて6年間だったが、最後の一年は私たちの都合で愚妻の実家の広島の養護学校に転校させていた。その阪神養護学校の親の会が「阪養会」で毎年夏にOB,OGが集まる会を開いている。たまたま近くに引っ越ししてきたので参加しやすくなり2年前からうちでも参加するようになったのだ。

娘はプールで遊んで冷房の効いた部屋でCDを聞いたり本を見たりする、いつもの楽しい時間が過ごせるので楽しみにしているのである。私はアッシーで午前中に送って、午後3時過ぎに迎えにいったわけだ。

でもこの阪神特別支援学校に現在通っている生徒はほとんどが尼崎市の障害児である。では西宮市の障害児がどこに移されたかというと、芦屋浜に今週開校した芦屋特別支援学校である。なぜ開校されたかというと、阪神の収容人数があまりに多くなり、今の施設では困難になったからである。で、ここでおかしいと思う人はいないだろうか。確かに西宮は地震以降着実に人口が増えており、特に就学児童も大幅に減少しているわけでないと思うが、尼崎は減少しているはずである。少子化が叫ばれているなかで、障害者が増え続けている状態が普通とは思えない。なぜ障害者の比率が増えているか、公的機関は誰もそんなことに答えない。自分たちの仕事が増えるわけで、これはこれでうまみがあるのだろう。予算が使えるからね。でも本当に自立しなければいけないのは障害者自身であり、今の法律は彼ら彼女らのことはあまり重要視されていないのが現状である。
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