(葉月廿壱日) 呉越同舟  経済

売上高こそ業界トップの武田薬品工業の15分の1と遠く及ばないものの、喘息薬や潰瘍性大腸炎薬などで高い知名度をもつキョーリン製薬で、屋台骨を揺るがす事態が起きたのは8月上旬のことである。大阪に本社を置くジェネリック最大手、沢井製薬の幹部と米系ファンドのRHJインターナショナル・ジャパンの担当者が訪問し、すでに沢井側がキョーリン株の約4.5%を取得していること、両社で緩やかな業務提携を組めないか、できない場合は不本意ながらキョーリンに敵対的TOBをかける可能性もあるということだった。

キョーリンは中興の祖、荻原秀が97年に死去して以来、迷走が続いている。7年前の03年、帝人傘下に入って経営統合することでいったん合意したが、統合直前に株価が急落、統合自体が流れてしまった。創業家の内紛が尾を引いて、それからは戦略らしい戦略も立っていない。秀の没後、有力視されていた実弟の荻原年ではなく、長女弘子の夫、郁夫が社長に就任したからである。ところがこの婿の郁夫が弘子と離婚すると、08年に秀の子飼いの古城格がワンポイントで社長に昇格(09年には山下正弘に交代)、弘子は代表取締役会長に就いた。まるで映画を見ているような骨肉の争いである。しかしまだまだドラマは終わらない。またも外された年の怨念が、ある事件をきっかけに噴き出したのである。

弘子はお嬢様育ちで、投資も占い師に相談する性格。度々詐欺まがいの投資案件に引っかかっている。そのひとつが右翼もどきの団体に30億円も投資した案件だった。ここぞとばかりに年は弘子を糾弾、追及は弘子の人脈から個人会社に及んだのである。姪と叔父の骨肉の争いの果てに、今年6月24日に相討ち。弘子は代表取締役会長から特別顧問に、名誉相談役の年は取締役から外れたのである。そこに沢井からの提案がきたのである。

創業家の内紛に嫌気がさした経営陣は、それでも長年オーナー家の顔色をうかがうことに汲々としてきたから、経営判断ができない。沢井の提案にも「どうしよう」とうろたえるばかりだったが、期限の9月末を前に株式の4割を保有するあの創業家一族が手放さないと決めたのである。やはり今までの地位は失いたくないようだ。

しかし1000億円とも言われるTOB資金を用意する沢井も大変だが、その4割を手にするかも知れない創業家一族がなぜか団結した。世の中はカネばかりでは決まらないということか。でもこの騒動、これで終わりというわけではないだろう。
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