(神無月壱拾五日 望) 新規参入  社会

ファミリーマートが葬儀ビジネスに参入する方向で検討を始めたらしい。成長産業が少なくなった日本において葬儀産業は成長産業でもある。現在日本の年間死亡者は約110万人だが、年齢構成から見ても当面は年2%程度の死亡者数の増加が見込まれている。これを目当てに新規参入を考える処は多いようだ。

そもそも葬儀の適正価格がよく分かっていないという致命的な問題があることはいうまでもない。しかし全日本仏教会などは「仏教精神を踏みにじった」と非難囂々の状態である。

しかし死者を祭るのが葬儀だが、そもそもこの考えは仏教には根本的に無いということをご存じだろうか。釈迦はまじないも葬式もするなとした。仏教では霊魂は輪廻転生するものという教えが一番だったのである。

そういえば仏壇の中に鎮座する位牌。霊が宿るとされる。位牌は仏教とは関係なく、実は儒教の道具なのである。仏壇に位牌があるのは江戸時代に始まる、世界でも日本だけの新しい習慣であり、葬式仏教という今の仏教と葬儀のスタイルは、江戸時代初期の儒学者、林羅山が作り上げたものである。

為政者の徳川家康は武力だけでない支配を強めるため、キリシタン禁制の名のもとに、宗門寺請制度や寺院法度等で、国民全員がどこかの寺の檀家として組み入れられ、藩外に出るときは、檀那寺から手形を発行してもらわなければいけなくなった。もちろん僧侶も屋外での自由な説法が禁じられた。布教の自由も禁じられた。しかし寺院は全国民から檀家布施を受取れるから、それまでのように、帰依しないと地獄に落ちるぞと脅して教化せずとも良くなった。仏教の本分である厳しい修行や戒律厳守しなくても金は回るのである。

為政者や仏門側はハッピーだが、布施を強制的に巻き上げられる檀家の全国民が不満となる。その不満解消に、葬式や祖先供養という儒教のシステムと日本古来の祖先も含む八百万の神への信仰を組み合わせたのが林羅山だ。林羅山のシステムは、家康配下の南光坊天海や金地院崇伝を使って、仏教界に広まった。この林羅山という江戸時代の儒者であり為政者の作った封建システムが今も我々の伝統として残っているのも凄いことではないか。
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