(葉月四日) 911-119  社会

昔外資にいたときにアメリカで救急車は「911」でコールと教えてもらったとき、なぜ日本は逆の119にしたのだろうか、それとも日本の方が早いのかなどと馬鹿な疑問を覚えたのを記憶している。あれから9年、当時は東京に単身赴任していて会社から帰ってニュースステーション(まだ報道ステーションではなかったと記憶しているが、この辺の記憶はあいまい)で二機目の飛行機がタワーに激突する瞬間を見て恐れおののいた。世界はどうなるのだろうかと。あの恐怖感は阪神大震災以来だった。

たまたま在籍していた会社の関連会社でも犠牲者がでたし、担当していた地銀の駐在員も鬼籍に入られた。金融機関が多数入居していたこともあり、私の回りは騒然としていた。

時が過ぎれば人間の記憶は薄れ、あのときを忘れるなと思いながらも翌日は普通の生活に戻っていく。そんな回りの環境になじめない被害者の遺族や負傷者は多い。PTSDだっけ、心の傷といった方が日本語的にはわかりやすいのに。。。

あれからイスラムという宗教が異端者として欧米で敵視され、今回はコーランを燃やすという彼らが作り上げた信教の自由を否定する暴挙まであったようだ。人間の弱さというかいやな面を映し出す日である。
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