(文月廿弐日) 公僕という概念  

解散から投票日までが異例の長さになったのは、公明党の選挙準備不足のせいである。住民票の大量移動など過去いろいろな選挙対策をしたが、さすがにこの一策はこの準備期間では「そうはいかんざき」(^^)

しかし、改革改革と言われるが、何でもかんでも「上から改革」することが善であるわけがない。かといって現状維持で良いわけでもない。では何を変え、何を守ればいいのか。その答えというと、現場で(郵便局でも同じだが)利用者の過半が理不尽だと感じることは、できるだけ速やかに変えるということだ。これこそが国民主権という概念ではないだろうか。他力に依存せず、まず身近な小さな現場から変えていく、この積み重ねが重要なのである。

大臣や議員が、そして首長が好き勝手なことをやり放題という図式に終止符をうつべきであり、それでこそ国民主権を守る公僕たる所以である。今回の選挙で落下傘候補を批判する声もあるが、国会議員はその土地の利益を代弁するだけの存在であれば、もはや公僕とはいえないはずである。したがって公職選挙法では国会議員に対して、住所要件(3カ月以上にわたり住民票が立候補地域内にあること)を課していない。だからホリエモンもわざわざ住民票を変更したりするのは、たんなるパフォーマンスに過ぎないし、憲法第15条の「すべて公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」ということを全面的にいえばいいのだ。

もう一度繰り返すが、生活者として理不尽だという指摘に過半数が賛成ならば、その仕組みは速やかに正されなければならない。 
 
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