(閏文月九日 上弦) 照柿(上)(下)  

高村薫著 講談社文庫

「マークスの山」で直木賞を受賞した高村薫は、その後この「照柿」「神の火」「レディ・ジョーカー」などを発表した後は、やや趣を変えて「晴子情歌」「新リア王」と重厚な作品を書き続けている。「マークスの山」も文庫になるのは遅かったが、この「照柿」も12年ぶりの刊行である。1994年というと私は二社目の外資で西日本を担当していた時で、時々東京の商品部のOさん(彼も元山一だったと記憶している)が高村薫のファンで、「BOZZさん、照柿読みました?」と聞かれたことがある。私も高村作品の主人公である「合田雄一郎」という刑事には大変興味があって単行本を買って読んだが、引越しの時になくしたのかどこかにいってしまった。

先日書店の店頭で待望の文庫化ということで、この作品が文庫になった事を知り早速購入。私には少し早いスピードで読み終えた。原本とは少し量が減ったかなというのが読み終えた最初の印象だった。物語の舞台の東京福生は全く土地鑑がないが、大阪の舞台はまるでナビを見ているように風景が眼に浮かぶ。特に西成の細かな描写はその雰囲気を余すところがない。二人の幼なじみが狂わせたのは、美保子ではなくあの大阪の何ともいえない暑さが原体験としてあるのではないかと思えるほどである。しかし、相変わらず高村作品は古典というか読書量が多くないと背景的なものが掴みづらい。この「照柿」も現代版「罪と罰」というイメージである。

ところで、90年代初めまでの小説を読んでいると違和感を感じることが多い。ミステリー作品によくあることで、宮部みゆきのもそうであるが、公衆電話がごく当たり前に登場する。しかし、90年代後半から世間は携帯電話が普及し、21世紀に入れば日常生活の中で欠かせないものとなっているが、この時代の作品ではほとんど登場しない。古典とも思える瞬間を感じるのは何といってもこの携帯のせいだろう。

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