(如月壱拾壱日) 室戸台風  スポーツ

西宮と尼崎を往復していると甲子園球場はいつも見えるだけに、春のこの時期球児の姿は朝早くから目に留まる。夏に比べて予選は秋季大会の結果が伴うとはいえ無いし、負けたら終わりという選手権大会に比べると、選抜はまた夏があるという気軽さがある。

そうしたなかで私が注目しているのは、中田翔の大阪桐蔭でもなく、高知の室戸高校である。あの台風銀座の室戸にある唯一の高校で今日もアルプスは地元からの応援団で埋まっていた。しかも試合は伝統校の宇部商を堂々と倒しベスト8に進出した。一回戦は優勝候補の報徳学園を負かしているのだからたいしたものである。報徳といえば、昨秋の近畿大会で大阪桐蔭をおさえ優勝した強豪校、それが初出場の室戸に負けるのだから高校野球はわからない。

この室戸を率いるのが横川恒雄監督である。桑田清原のKKコンビは高校野球史上最強チームと思うが、春は2回とも決勝で敗れている。KKが2年のときは東京の岩倉高校に、そして3年のときは高知の伊野商にである。横川はこの伊野商のOBだ。大学卒業後母校に帰り甲子園も近いと思われた1982年に突然養護学校に転勤を命じられた。青天の霹靂だった。野球への思いは断ちがたかったが、新たな出会いに衝撃を受けた。自分の指が思うように動かせず、24時間の看護や食事介助が必要な子どもたち。30年生きてきて初めて知った世界だった。「自分や選手はいかに恵まれていたかを実感した。」と横川は言う。

7年後横川は聾学校へ異動。そこでソフトボール部の監督になった。沖縄の聾学校の野球部を描いた「遥かなる甲子園」そのままの光景がそこにあった。そして4年後健常者と一緒の公式戦で初勝利をあげ、伝説の試合と語り継がれる快挙を演じたのである。97年現在の室戸に転勤、再び硬式野球の舞台に戻ってきた。しかしこの15年間の障害者との生活が横川を変えた。ノックを嵐のように浴びせ上から押し付けるかつての指導法は封印された。今はだめでも出来るようになる日が来る。それが自分を変えた15年だった。

伝統校を連破した室戸。かつての池田や中村を彷彿させる純粋な球児が日に日に自信をつけ成長していく姿は、横川にとっては障害者の姿とオーバーラップするのかもしれない。台風で有名な室戸、文字通り今大会の台風の目である。
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