(葉月廿九日)円高不況  経済

円高になると日本は不況になるというロジックに間違いはないのだろうか。

日本の2009年の輸出総額は54兆円。うちドル建て比率は約半分の49.5%。よってドル建て輸出額は26.8兆円。したがって1円の円高になれば、輸出業者は33百億円の減収となるわけだ。一方、輸入総額は51兆円。うちドル建ては70%ゆえ、ドル建て輸入額は36兆円。1円の円高は輸入業者に45百億円の増収となるのである。

日本全体で見れば「45百億円−33百億円=12百億円」の儲けになるわけだ。これでは円高好況じゃないのかな。もっと言えば、日本の輸出は完成品も多く、その部品の少なからぬ額が、輸入で調達されている。部品価格も円高で安くなるから、輸出企業の収支はもう少し赤字額が減る。つまり、日本は円高メリットのほうが大きく、円高は日本全体では景気に対してプラスではないのだろうか。

「円高不況」と語るのは、円高デメリット企業のことばかり見ていて、円高メリット企業を見ていないのである。しかし、現実には「円高不況」は起きている?

それはなぜかといえば、マスメディアが「円高不況」と大々的に誤った報道をするからだ。「円高不況」報道によって消費者が「不況になるのだから、不況に備えて支出を減らして貯蓄しなきゃ。」という行動を起し、モノが売れなくなって不況になっているのではないか。

マスメディアの不勉強によって不況を起こされ、被害を受けるのは、それを真に受ける国民全体というのは笑うに笑えない話である。
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(葉月廿八日)不況の原因  経済

20年も続く長期不況。その原因は単純ではない。だが、その一つに新しいビジネスを開拓する企業がなかなか出てこないという状況にあることだけは間違いないだろう。新しい企業やビジネスが生まれてこそ、成長する中で雇用も生まれ、経済活動も発達するのだ。

アメリカが1990年代に大きく発展したのは、やはりITベンチャーの活躍に拠るものが大きいといわれるが、アメリカの大規模製造業が海外に雇用を移転し、国内で大幅雇用削減した分を補って余りある数を、様々な業界で、自営業からはじまった小さな企業が成長し、その過程で多くの人員を雇用して国全体の雇用数を増やしてきたのが真実というものである。

ではなぜそれが可能であったか。

その理由の1つは、起業家が尊敬される風土があることだろう。なぜなら、起業家は新たな付加価値を創造し、その付加価値の多くはは雇用費に回され、多くの従業員とその家族の生活する糧となるからだ。ところが日本では逆である。経団連トップや日経で報じられる企業の多くは輸出で儲ける大規模製造業であり、一般の評価もそれに準じている。

しかし、これら輸出型大規模製造業企業の雇用を見ると、この20年で大幅に人員が削減されている。日本人の雇用を大きく奪ったわけだから、これらの企業の経営者が評価されるというのはある意味間違いである。一方で、雇用を大きく伸ばした企業は数少ない。ヤマト運輸や佐川急便は何万人も増やしたが、社会的な評価は高くない。

ベンチャー企業の典型だった、ライブドア社は派遣が殆んどいなくて、正社員を多数雇って雇用を大きく増やしたが、罪と言えない理由で社会的に抹殺され、多くのベンチャー志望者に「起業したら潰される」と起業に否定的な風潮をつくり、将来の大多数の雇用創出を封じた。今、起業しているのは、クビになったか仕事がないので仕方なく、という後ろ向きの理由が多いような気がする。

新しい会社、ビジネスを育てようとしない日本の状況は今も昔も変わらない。
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(葉月廿六日) 嫌悪感高まる中国だが  経済

尖閣列島での中国の横柄な態度に憤慨している人は多いだろう。しかし日本の輸出先は1999年には米国が30%を占めていたのに10年後の2009年には16%まで激減し、中国向けは11%から24%へ急増しており、東アジア全体への輸出は消費財ではなく、資本財や工業用原料など産業財が85%を占めており、日本経済はもうこうした産業構造を変えることはほぼ不可能なのだ。

BRICsの名付け親のGSは最近のレポートで中国が米国のGDPを抜き去るのは2027年らしい。その頃中国は日本の4倍のGDPになっているはずである。さらに中国はGDPの8%を軍事費に支出しており、日本が中国の軍事に対抗するには理論的にはGDPの32%を軍事費に充てなければならないのだ。今のどこかの国と同じように。つまり将来的には日米を合わせても中国に敵わないという時代が来るのである。

日本はどうすればいいか。カネと体力が敵わないのであれば、後は頭を使うしかないのだ。幸いにも日本にはまだまだノーベル賞を受賞できる人材がいる。声高に中国を批判することは簡単だ。でも中国に屈しろというのでもない。日本人の叡智を生かすだけだ。
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(葉月廿六日) 嫌悪感高まる中国だが  経済

尖閣列島での中国の横柄な態度に憤慨している人は多いだろう。しかし日本の輸出先は1999年には米国が30%を占めていたのに10年後の2009年には16%まで激減し、中国向けは11%から24%へ急増しており、東アジア全体への輸出は消費財ではなく、資本財や工業用原料など産業財が85%を占めており、日本経済はもうこうした産業構造を変えることはほぼ不可能なのだ。

BRICsの名付け親のGSは最近のレポートで中国が米国のGDPを抜き去るのは2027年らしい。その頃中国は日本の4倍のGDPになっているはずである。さらに中国はGDPの8%を軍事費に支出しており、日本が中国の軍事に対抗するには理論的にはGDPの32%を軍事費に充てなければならないのだ。今のどこかの国と同じように。つまり将来的には日米を合わせても中国に敵わないという時代が来るのである。

日本はどうすればいいか。カネと体力が敵わないのであれば、後は頭を使うしかないのだ。幸いにも日本にはまだまだノーベル賞を受賞できる人材がいる。声高に中国を批判することは簡単だ。でも中国に屈しろというのでもない。日本人の叡智を生かすだけだ。
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(葉月廿参日) 石油戦略  経済

経済産業省と国際石油開発帝石はイランのアザデガン油田開発から撤退する方針を固めた。核開発疑惑でイラン制裁を強める米国との協調を重視したわけだ。開発を続けて米政府の制裁対象企業になれば、資金調達に支障が生じ、他の油田開発にも悪影響が出かねないと判断したようだ。アザデガン油田はイラン南西部の原油埋蔵量260億バレルといわれる世界有数の巨大油田なのに。。。

ここでこの油田を紹介すると2000年から通産省(現経済産業省)がイランとの交渉を開始し、2004年に日本企業グループが開発権益を取得した。しかし、米国はイランの核疑惑が存在する時期に日本が投資すべきでないと、再三にわたり反対を表明。これを受けて日本側は、参加権益の65%とオペレーターシップを譲渡し、10%の参加権益でアザデガン油田の開発に参加していた、アザデガン油田は日本が権益を握る数少ない大油田であり、是が非でも開発は進めたいのが本音。そして、原油の安定確保のためにも原油輸入量の15%を頼るイランとの関係悪化を避けたい。しかし、涙を呑んで権益を手放した。日本が手放した権益は2009年に中国石油天然汽集団が油田権益の70%を取得することとなった。残りの10%の権益も譲渡されるというもので、このまま行けば昨年同様、中国が引き継ぐことになる。日本が完全撤退することで、中国はアザデガン油田の全量を自国に輸入することが可能になる。日本としては、サウジアラビアなど特定の国、地域に原油依存が集中していて、これを分散することが喫緊の課題だったのだが、このチャンスを失ったのである。
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(葉月廿壱日) 呉越同舟  経済

売上高こそ業界トップの武田薬品工業の15分の1と遠く及ばないものの、喘息薬や潰瘍性大腸炎薬などで高い知名度をもつキョーリン製薬で、屋台骨を揺るがす事態が起きたのは8月上旬のことである。大阪に本社を置くジェネリック最大手、沢井製薬の幹部と米系ファンドのRHJインターナショナル・ジャパンの担当者が訪問し、すでに沢井側がキョーリン株の約4.5%を取得していること、両社で緩やかな業務提携を組めないか、できない場合は不本意ながらキョーリンに敵対的TOBをかける可能性もあるということだった。

キョーリンは中興の祖、荻原秀が97年に死去して以来、迷走が続いている。7年前の03年、帝人傘下に入って経営統合することでいったん合意したが、統合直前に株価が急落、統合自体が流れてしまった。創業家の内紛が尾を引いて、それからは戦略らしい戦略も立っていない。秀の没後、有力視されていた実弟の荻原年ではなく、長女弘子の夫、郁夫が社長に就任したからである。ところがこの婿の郁夫が弘子と離婚すると、08年に秀の子飼いの古城格がワンポイントで社長に昇格(09年には山下正弘に交代)、弘子は代表取締役会長に就いた。まるで映画を見ているような骨肉の争いである。しかしまだまだドラマは終わらない。またも外された年の怨念が、ある事件をきっかけに噴き出したのである。

弘子はお嬢様育ちで、投資も占い師に相談する性格。度々詐欺まがいの投資案件に引っかかっている。そのひとつが右翼もどきの団体に30億円も投資した案件だった。ここぞとばかりに年は弘子を糾弾、追及は弘子の人脈から個人会社に及んだのである。姪と叔父の骨肉の争いの果てに、今年6月24日に相討ち。弘子は代表取締役会長から特別顧問に、名誉相談役の年は取締役から外れたのである。そこに沢井からの提案がきたのである。

創業家の内紛に嫌気がさした経営陣は、それでも長年オーナー家の顔色をうかがうことに汲々としてきたから、経営判断ができない。沢井の提案にも「どうしよう」とうろたえるばかりだったが、期限の9月末を前に株式の4割を保有するあの創業家一族が手放さないと決めたのである。やはり今までの地位は失いたくないようだ。

しかし1000億円とも言われるTOB資金を用意する沢井も大変だが、その4割を手にするかも知れない創業家一族がなぜか団結した。世の中はカネばかりでは決まらないということか。でもこの騒動、これで終わりというわけではないだろう。
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(葉月壱拾八日) 不動産鑑定士  経済

大和不動産鑑定に勤務する藤井梨可さんは今年4月に鑑定士として登録された。日経ウーマンによると、藤井さんは短大を卒業後、建設会社に一般職で入社した。ルーティンワークに物足りなさを感じ、自分のやる気や考えを反映できる仕事をしたいと思い始めた。転職でステップアップするために、まず「宅地建物取引主任者」を受験し2度目に合格。さらに難しい資格に挑戦しようと、難関国家試験といわれる「不動産鑑定士」取得を決意した。試験には不動産鑑定評価以外に、経済学、会計学、民法といった一般教養も必須で、膨大な勉強量が必要なのだ。彼女は半年後、試験勉強に専念するため退職。資格学校で学びながら、電車内や入浴時(失礼)といった隙間時間も利用して1日約10時間(!)の勉強を続けた。その後、不動産鑑定事務所のアルバイトを経て、現在の会社に入社。鑑定の補助者として働きながら、1年後に不動産鑑定士試験に合格したのだ。凄い!「勉強中は不安も多く落ち込むこともありましたが、受かればそれ以上に得るものがあります。不動産鑑定士の資格は一生の仕事として自分の人生を変えるものとなりました」と彼女は語っている。

転職・資格取得で収入は大幅にアップし、男性と対等に働ける環境にも恵まれた。半面、繁忙期には残業も多くほぼ九時十時近くまで働いているようだ。さらに休日返上で働いたりと体力的・精神的につらいと感じることもあるようだ。一番つらかったのは、屋上の調査を行うため、壁面に設置された約15mの垂直なはしごを上ったとき。「あまりの高さに手が震えましたが、女性だからという言い訳はできないので意地で上りました」というから度胸満点である。

勤務している会社には外資系企業からの依頼も多いため、今後は評価書の作成に備えて英語の勉強に取り組み、不動産の評価で使う簿記も学びたいという前向きな彼女。写真を見るとなかなかの美人で31歳。私も明日はアナリスト試験一次の最後のテスト。頑張って通過したいものだ。
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