(師走廿弐日) 左遷とお詫び  社会

まだ仕事も始めていない私が左遷されるわけでもなく、またお詫びをする事由もない。今日は左遷の日であり、お詫びの日であるのだ。

左遷というと都を悪霊の祟りに落とし込んだと云われた右大臣・菅原道真が901 (延喜元)年が醍醐天皇によって九州の大宰府への左遷である。道真の才能を妬む左大臣・藤原時平の策略により、醍醐天皇は道真のことを逆臣と思いこむようになり、901年1月25日に菅原道真を大宰権帥に左遷した。それで今日が左遷の日なのである。今日左遷された人は道真に思いをはせるか、なんてそんな余裕なんて無いでしょうが。

そしてお詫びの日。これは1077年1月25日から三日間、雪の中で裸足で城の前に立った神聖ローマ帝国のハインリッヒ4世がローマ教皇、グレゴリウス7世に波紋の許しを乞う「お詫び」をしたからである。そう、あの「カノッサの屈辱」ですよ。

それにしても左遷とお詫びの日って、1月25日生まれの人にとってはたまりませんな。おっと、今ファールを取られた今野が今日誕生日っていってなかった。負けたら左遷とお詫びですな、彼は。(PK戦で川島が奮闘!延長ロスタイムで同点にされたときはアカンと思いましたが、よかったよかった)
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(師走七日 上弦) 十日えびす  社会

関東ではとんと見られないが、関西では初詣よりもこの「えべっさん」にお参りに行く方が多いのではないかと思うぐらいの西宮神社周辺の車の渋滞だった。全国の恵比寿神社の総本社である西宮神社の朝は福男選びから始まる。以前は一番手を取るために妨害行為などみられ全国ニュースにもなるぐらいだったが、神事なのだからスポーツのようにみられるのはどうかと思うけどね。

さて「えびす」を称する神は複数あって、イザナギ、イザナミの子である蛭子命(ひるこのみこと)か、もしくは大国主命(大黒さん)の子である事代主神(ことしろぬしかみ)とされることが多い。えびすを蛭子命と結びつける説は鎌倉時代頃に現われたものである。記紀神話において、蛭子命は3歳になっても足が立たなかったため流し捨てられたとされる。その神話を受けて、流された蛭子命はどこかの地に漂着したという信仰が生まれ、その海からやってくる姿が海の神であるえびすの姿と一致したため、2つの神は同じ神だとされるようになった。その漂着した地の伝承は各地にあるが、その代表が兵庫県西宮市の浜で、そこには蛭子命系のえびす神社の総本社である西宮神社があるわけである。

つまりえべっさんは障害児だったので捨てられたという悲しいお話なのだが、どれぐらい知っているのだろうか。
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(霜月廿弐日) 人口動態  社会

国連に拠れば2020年の後期高齢者に当る日本の75歳以上人口は1800万人で現在の1400万人弱から34%の増加するようだ。これだけだと分かりずらいので、人口が日本の10倍いるインドと比較すると、インドの2020年の75歳以上人口は2600万人という予想になっている。日本の総人口はインドの10分の1なのに、後期高齢者は3分の2もいることになるのである。

高齢者(ここでは65歳以上)を支えるのは20〜64歳の労働力層だが、インドは10人の労働者で1人の高齢者を支えれば済む。1人の高齢者の医療費、介護費、年金を全てまかなうのに、1人の労働者の収入の1割を拠出するだけで良い。

これが2020年の日本だと1人の高齢者を支えるのに、1人の労働者の収入の5割を拠出する必要がある。今は3割で済んでいるが、10年で収入の5割にまで増える計算なのである。

今の日本の労働力の3分の1は非正規社員で、生涯賃金は高齢者が得ていた生涯賃金の2〜3倍あるから、今後の増える高齢者が求める社会保障額は、5割からもっと増えるものになる。

ところが日本はいちおう民主主義なので、多数決でものが決まる。そして、人数が圧倒的に多い高齢者の投票率が高い一方で、人数が少ない若年労働者層の投票率は低い。つまり、現役労働者層が何を言おうとも、多数決で高齢者層の望む政策が粛々と実施されていく可能性が高い。

「予測は外れるもの」「人口の将来推計を日本は間違ってばかり」との意見を多く聞くが、「将来の高齢者人口」や「将来の労働力人口」の予測は100%近く当たる。何故なら今生きている人の人口が10年後どうなっているかということなのだかから大戦争でもなければ間違えようが無い。つまりこれは「既に起きた未来」なのだ。

投資など、先を正確に読まなければいけないことをするときには、未来が確実に読める人口動態を把握することが役に立つわけである。
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(霜月壱拾八日 天皇誕生日) 喜寿  社会

年末の慌ただしい日々が続くが、今日の祝日は疲れた身体には嬉しい休息となる。とはいえ今日は天皇誕生日。東京で仕事をしていたときは宮城まで出かけ記帳をさせていただいていた。その天皇陛下も喜寿になられるという。体力的にもそろそろ厳しくなるころであり、公務の削減も考慮すべきであろうに助言すべき内閣は左巻きのアホ内閣だけに、そんな普通の感覚もないようだ。

しかし喜寿を迎えるとなれば、一般社会ではどうみても跡継ぎ問題である。しかし無礼を承知で最近の皇太子の言動を見ていると、本当にこの人で大丈夫かと思われる。特に天皇皇后がどれだけ民の声に耳を傾けているかをみれば、皇太子ご夫妻も少しは公務を負担できるような立場を鮮明にしていただきたいもの。ブランドのバッグを見せつけるような仕草は考えものだし、いつまでも病気のせいにしないで普通の皇族の公務に励んでいただきたいものです。皇室に嫁ぐのであればそれなりの覚悟はあっただろうし、お守りするのは公人であれば私人としての制限は甘受していただきたいと思うのは私だけだろうか。

でも親の心、子知らずはどこでもあるけどね。(私もそうですが・・・)
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(神無月廿五日)  ウィキリークス  社会

内部告発を専門にしたサイト「ウィキリークス」が28日からインターネット上で米国の外交公電を流し始めた。機密扱いの文書の大量流出は、イランや北朝鮮への対応など世界の安全保障政策の根幹にかかわる内容を含み、米政府は対外的な信頼の低下に危機感を強める。日本でも国際テロ関連の文書の流出が問題になる中、ネット社会の情報公開やメディアのあり方を巡る論議が広がりそうだ。

と各紙は伝えているが、ウィキリークスの掲載する情報は、情報提供者から様々なサーバを経由してウィキリークスに届けられた後、世界各国の協力ジャーナリストが真偽をチェックして乗せられる仕組みである。

今回の25万点の米外交公電は公表に先立ち、アメリカのニューヨークタイムズ紙、イギリスのガーディアン紙、ドイツのシュピーゲル誌、フランスのルモンド紙、スペインのエルパイス紙が事前に全ファイルを提供されていて、公開と同時にそれぞれが大きく伝えた。現在のウィキリークスのサイトには251287件中の278件しか公表されておらず(30日朝現在)たいした情報はまだウェブには載っていない。上記以外のマスメディアは、事前提供された5社の記事に頼ってニュースにしているのが現状だ。在日米国大使館からは4番目に多い6000件弱の公電が暴露される見通しだが、日本のメディアに情報が事前提供されたかどうかは不明だ。

1991年にソ連が崩壊し、米国が敵無しの超大国の地位についた。当初はこれで、自由主義社会が世界中に浸透する等と好意的に見られた。だがしだいに米国に行き過ぎた行為があったときに牽制する存在を失ってしまったと分かってきた。9・11以降、テロとの戦いを宣言して以降、任意に敵国とみなした国を侵略攻撃する、常に交戦状態にあることを続けるようになっても、誰も諫められない。諌めるものが誰もいないで権力を持つものは必ず圧倒的に腐敗する。そして、都合の悪い事は隠すのが権力者の理だ。

規模が大きくなったメディア企業もまた権力を持ち、上位の権力者に擦り寄るものである。ウィキリークスの今の形態が良いかどうかは私には分からないが、今の世界にとっては絶対に必要な存在である事は間違いないのではないか。
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(神無月壱拾五日 望) 新規参入  社会

ファミリーマートが葬儀ビジネスに参入する方向で検討を始めたらしい。成長産業が少なくなった日本において葬儀産業は成長産業でもある。現在日本の年間死亡者は約110万人だが、年齢構成から見ても当面は年2%程度の死亡者数の増加が見込まれている。これを目当てに新規参入を考える処は多いようだ。

そもそも葬儀の適正価格がよく分かっていないという致命的な問題があることはいうまでもない。しかし全日本仏教会などは「仏教精神を踏みにじった」と非難囂々の状態である。

しかし死者を祭るのが葬儀だが、そもそもこの考えは仏教には根本的に無いということをご存じだろうか。釈迦はまじないも葬式もするなとした。仏教では霊魂は輪廻転生するものという教えが一番だったのである。

そういえば仏壇の中に鎮座する位牌。霊が宿るとされる。位牌は仏教とは関係なく、実は儒教の道具なのである。仏壇に位牌があるのは江戸時代に始まる、世界でも日本だけの新しい習慣であり、葬式仏教という今の仏教と葬儀のスタイルは、江戸時代初期の儒学者、林羅山が作り上げたものである。

為政者の徳川家康は武力だけでない支配を強めるため、キリシタン禁制の名のもとに、宗門寺請制度や寺院法度等で、国民全員がどこかの寺の檀家として組み入れられ、藩外に出るときは、檀那寺から手形を発行してもらわなければいけなくなった。もちろん僧侶も屋外での自由な説法が禁じられた。布教の自由も禁じられた。しかし寺院は全国民から檀家布施を受取れるから、それまでのように、帰依しないと地獄に落ちるぞと脅して教化せずとも良くなった。仏教の本分である厳しい修行や戒律厳守しなくても金は回るのである。

為政者や仏門側はハッピーだが、布施を強制的に巻き上げられる檀家の全国民が不満となる。その不満解消に、葬式や祖先供養という儒教のシステムと日本古来の祖先も含む八百万の神への信仰を組み合わせたのが林羅山だ。林羅山のシステムは、家康配下の南光坊天海や金地院崇伝を使って、仏教界に広まった。この林羅山という江戸時代の儒者であり為政者の作った封建システムが今も我々の伝統として残っているのも凄いことではないか。
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(神無月壱拾弐日) 就職難  社会

来年春に卒業予定の大学生の10月1日時点の就職内定率が57.6%で、前年同期を4.9ポイント下回ったことが16日、文部科学省と厚生労働省の調査で分かった。「就職氷河期」と呼ばれた2000年代前半を大きく下回り、現在の方法で調査を始めた1996年度以降で最悪となった。

先日の朝日新聞では、家庭の年収に対する教育費の負担割合が4割近くに上ることが、日本政策金融公庫が今年度、国の教育ローンの利用世帯を対象に実施したアンケートで分かった。調査結果によると、世帯年収に対する小学校以上の子どもの在学費用の割合は、平均37.6%。2009年度の33.7%から3.9ポイント増。世帯の平均年収が09年度の592.6万円から572.5万円に減少した一方で、授業料や通学費、教科書代といった在学費用が増加したという。年収200万円以上400万円未満の世帯は在学費用が166.7万円で年収への負担割合は56.5%に上った。09年度の48.3%から大幅増で、他の年収世帯層が2〜3台なのに対し、負担の重さが顕著に出ている。年収800万円以上の在学費用は237.8万円で、年収が高い世帯層ほど教育費が高い。高校入学から大学卒業までにかかる受験代や入学金、授業料などの1人あたりの費用は1059.8万円で、09年度から52.1万円増加した、という。

欧州では原則的に教育費がただである。親の収入が低くても、失業や病気をしても、子供は高等教育でも通学し続けることができる。日本は異なる。総所得の37.6%も教育費にとられる。400万円未満の収入世帯なら所得の半分以上が教育費になるという恐ろしい事態なのだ。教育費負担もしくは、教育費への貯蓄が無ければ、他の消費支出に向けられていたはずなので、その分経済が縮小し、景気を悪化させることになる。総所得の4〜5割もの教育費をかけても、就職内定率が6割を切り、かなりの数の大卒者が非正規雇用者(フリーター)をせざるを得ないのである。

しかも正規雇用者(正社員)になっても、今の大卒雇用の多くはチェーン展開の小売り、外食の頭を使うことを否定される現場社員であることが多く、3割以上の新卒者が早期に離職する。その少なからぬ数がまたフリーター化する。一旦、フリーターになると正社員になれる確率は3割以下になるから、一生非正規雇用者は約4割にも達するということになる。大卒男子の生涯獲得賃金が約3億円だが、非正規雇用者の場合は激減し1億円未満である。

生産年齢人口が1995年からマイナス化し、日本のGDP経済成長率に年平均1%のマイナス効果を与えているが、その賃金も4割の人が、3分の1になるのだから、経済が発展するどころか大きなマイナスになる。これだけ高負担の教育費を支払っても、まともに仕事も獲得できずに稼げないのなら、高い金払って学校に行かなくても同じことと親の教育熱と子の学習意欲が冷えるのが自然だろう。そうでなくても「今の学生は学力不足で採用できない」と、採用を控えたり、海外から採用する会社が増えている。

要は今の教育が産業界のニーズに合っていないと言う事である。この日本の教育制度と質の悪さが、日本経済の衰退に長期で大きく寄与していることを指摘すべきではないか。
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