(長月参日)赤本  社会

大学の試験問題などに著名人の文章が使われることがよくある。内田樹の文章も、試験によく使われている。ふと思ったのだが、試験問題にたくさん文章が使われる人とは、どうも著作権にうるさくない論者ではないのか。内田さんは常々、自分が発表した文章はどうぞ自由に使ってもらってかまいません、と宣言している。

少子化がだいぶ進んでいるが、団塊の世代は250万人もいた。今では若い世代の人口はどんどん少なくなり、大学関係者にしても予備校関係者にしても、入学してくれる学生が少なくて困っているわけだ。

大学入試の過去問を載せた『赤本』(教学社)がある。早稲田大学のように、受験者数があまり減っていない大学の『赤本』は今でも売れ続けているようだ。しかし、ほかの多くの大学では受験者はどんどん減っている。赤字になってしまうために、『赤本』が作れない大学も増えてくるはずではないだろうか。

ところが日本文藝家協会や日本ペンクラブのような団体は、著作権に関して受験産業にものすごく圧力をかけている。試験問題に誰かの文章を使ったりした場合、あるいは『赤本』にその過去問を掲載した場合は、著作者に著作権料を払えと言っている。全著作者に試験問題転載の許可を取らなければ、『赤本』の印刷は始まらないのだ。こりゃ大変だぁ。

昔のように少子化ではなかった時代には、そこまで厳密にやっていてもまだ良かったとは思う。試験問題集の出版さえ成り立たないような少子化の時代に、いったい何を言っているのだろうか。『赤本』編集部の人たちが、著作者の住所を全部割り当てるだけでも大変な作業だろう。すると出題者の意図としては、あとで連絡が取りやすく、なおかつ著作権にうるさくない人の文章を選びたくもなるわけで、試験問題も膠着する可能性があるというわけだ。
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(葉月参拾日)ノーベル賞受賞  社会

ノーベル賞の起源は、ノーベルが「ノーベル基金からでる利益を毎年、賞金という形で、その前年に人類に対してもっとも貢献したと思われる人物に与えて欲しい。」と残したことから始まった。しかし、現在では「前年に」という文言が守られず、何十年も前の功績に対して送られている。今回化学賞の受賞者の功績も1970年代のものである。他の日本人ノーベル賞受賞者を見ると、日本の1950〜70年代の物理・化学研究の水準の高さを実感する。今後も同部門から続々受賞者が出るであろう。

鈴木章氏の「資源のない日本では知識、人しかない」のに、「理系に進む学生が少なくなっている」との懸念は重い。一昨年にも益川氏が同様のことを語っていた。まがりなりにも日本が先進国入りでき、今も多くの分野で世界のイノベーションリーダーになっているのは、多くの人が理系の大学に進み科学研究に研鑽を積んだことと、それを可能にする多額の研究開発費を企業が投じ続けてこれらの理系学生を受け入れてきた事が大きな理由である。

現状を見ると、日本の研究開発費総額は、今年中国に抜かれ、米国、中国に次いで3位になった。金だけ出しても、質の高い研究者が多く集って研鑽しないといけないが、日本は理系離れが進み、多くのノーベル賞級研究者が目指した米国大学等の海外留学は少なくなっている。

その、多くのノーベル賞を排出する米国の大学を見ると、外国人の理系の博士コース受講者が急増し、生徒の11%は中国人、5%はインド人、3%が韓国人となっている。コンピュータ関係学部の生徒の65%、工学系学部の68%は外国人受講者だが、ほとんどが中印韓留学生というわけだ。日本が危ない。
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(葉月廿五日) NPOへの援助  社会

神戸でNPOに対する援助を行なっている企業の説明会があった。企業はトヨタやパナソニック、そして阪急阪神グループなどそうそうたるメンバーである。NPO法人の財政基盤の弱さは今に始まった話ではない。非営利法人とはいえ資金がなければ活動など出来ないし、NPOをボランティアと同一と見ている人はあまりに多い。そこで企業の社会的責任ということに頼ってNPO法人がいわば群がっているのである。

日本には個人の寄付という社会的通念が発達しておらず、本来個人が行なうべき行為を法人が代わって行なうことが多い。でもこれは私に言わせると責任を回避するという構造と表裏一体である。なんとか寄付金というか補助金を得ようと企業にすり寄る態度が悲しいばかりだ。
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(葉月廿日) カリスマ店員  社会

9月初旬の週末、東京都内の居酒屋で総勢50名程度が参加した懇親会が開かれた。参加者の大半は大手、中堅・中小出版社の営業、編集担当者である。ここまでは出版業界のイベントとして珍しいことではない。だが、招かれた数人のゲストが違っていた。そのゲストとは、地方書店の店員と店長たちである。なぜ彼らが招かれたのか。それは彼らが「売れ筋の書籍を見出す目利き」(中堅出版社の営業担当者)であり、時には書籍の売れ行きを左右する存在であるからに他ならない。いわゆる「カリスマ書店員」なのである。

カリスマ店員というヘアサロンやファッションブティックの店員のことかと思っていたが、いまや地方の本屋さんの店員が注目される時代なのである。アマゾンで本を探している人は気付かないが、最近の書店の店頭では「おすすめ本」と書店員がコメントをかいた札があちこちに目立つ。書店大賞などカリスマ書店員の目利きが決めている賞も多くなってきた。

1990年代初頭のピーク時に全国で約3万店あった書店の数は現在、その約半分の1万5000店にまで減少している。「電子書籍の普及が進めば、今後10年程度で書店数は約5000まで減少する公算が大」(大手出版社)との見通しもささやかれるが、それがどうだか分からない。結構紙のニーズはまだまだ高いというのが私の持論である。

実際本屋さんで本を手にとって買うべきか悩む人は少なくなっているのではないか。時間つぶしで本屋に立ち寄る人が多く、アマゾンをはじめとするネット販売では決済も簡単でスムーズなデリバリーが何よりだ。重い本をもって電車に乗って自宅まで歩くのは結構辛いものである。

人の評判を気にすることに何のためらいもなく賛同する人が多くなってきたのもカリスマ店員が注目されるようだ。それは自分で読んで考える人が少なくなっていることを意味するのではないか。出版業界にはありがたい存在かも知れないが、業界の先行きの暗さを示している。
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(葉月壱拾七日) ズレ  社会

ニュース性のある出来事のあった日と、それを報道関係者が知った日には必ずズレがある。今回の検察の犯罪は昨年7月13日に行なわれた。上層部が犯行を認知したのが、今年の1〜2月だった。今回すっぱ抜いた朝日新聞が認識したのが7月である。そしてニュースとして報道されたのが21日である。

人の口に戸は立てられないから、ズレが長ければ長いほど、出来事を知る人間は増えるし、出来事に手を加える余裕も生まれる。まるで企業のインサイダー情報の管理と同じ構造である。

実際その出来事がとある株の株価にインパクトを与えるものなら、知った人間が増えて、その出来事に基づいて売買が行われ、株価が変動してしまっている可能性が高い。ニュースとして流れた時に「この話は株価上昇をもたらす」と誰もが思う話なのに、実際の株価は下がってしまったという事例が株式市場では頻繁に起こる。これは、ニュースの前に出来事を知って買った人が、ニュースで初めて知って買い注文を入れた人に売りをぶつけて利食いするからである。

こういう事例が多いので、良く「ニュースが出たら売り」と相場格言で言われるが、これは正確ではない。情報把握にかかる日数が長いニュースはニュースのもたらす反応と逆の価格変動になりやすい、と見るのが正しいのだ。

そういう意味で私に最大の違和感を抱かせるのが7月に知ってから9月まで他社に抜かれたら努力が水の泡になる特ダネを2ヶ月も報道せずにいたことである。村木氏の判決に影響を与えるという正論があったのかも知れないが、投資常識から見れば、犯人も検察も新聞社にも出来事を利用して、なんらかの行動を起こすにはたっぷり時間があった。今までに報道されていない出来事が山のように出てくるのではないか。
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(葉月壱拾六日 秋分の日) 団塊世代  社会

映画「ALLWAYS 三丁目の夕日」は主人公の星野六子(堀北真希)が青森からの集団就職で上野駅に到着するところから物語は始まった。建設中の東京タワーが登場することから、1958年(昭和年)春の時期である。当時私は2歳。

日本が高度成長し始め、都市での働き手が足りなくなってしまったので、東北を初め地方から集団で都会へ送り込まれた働き手は金の卵と呼ばれ、都会へ集団就職に来た中卒の人たちが多数いた。その六子は今や67歳。夫のために介護施設のことを真剣に考える歳になった。集団就職で上京してきた先輩や仲間の数がものすごく多く、前から都会に住む老人と合わせて膨大な数に上り、介護施設が多数必要になっているからである。

高齢化というと地方を誰もが思い出すが、六子のように中卒あるいは高卒で東京に出てきた少年少女は既に定年を迎え年金生活に入っている。彼らは故郷に帰るわけでもなく、首都圏につつましい住宅を建て暮らしている。したがって首都圏は高齢化する勢いが高く、今では新たに高齢化する老人の3人に1人は首都圏在住なのである。

日本で最も介護施設が必要なのは首都圏なのに、首都圏の都県の準備ははこのスピードに遠く及んでいないのが現状だ。その特養がどれだけ酷いサービス内容であろうとも、入所できるだけで幸せなのが現状だ。しかし需要が供給を圧倒的に凌げば、サービス価格は上昇し、サービス内容が低下するのは自然の法則である。

団塊の世代はどこまでも競争の世界なのである。
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(葉月壱拾五日 望) 中秋の名月  社会

毎年12ないしは13回の満月があるのに、なぜか特別扱いされる中秋の名月。以前何かのクイズ番組でみた記憶があるのだが「八月十五日」と書いて「なかあき」と読む名字の方がおられるようだ。「なかあき」=「中秋」のことで昔から八月十五日の月を「中秋の名月」と呼んできた

日本の一年には「春夏秋冬」の四季がある。旧暦では三ヶ月毎に季節が変わり、「一・二・三月」は春、「四・五・六月」は夏、「七・八・九月」は秋、「十・十一・十二月」は冬と分けられる。そしてそれぞれの季節に属する月には初・中・晩あるいは、孟・仲・季の文字をつけて季節をさらに細分した。たとえば旧暦四月は「初夏」あるいは「孟夏」となる。(孟・仲・季の文字は中国では兄弟の年の順を表す場合に用いられ、孟は年長者、仲は真ん中、季は末っ子を表す)

この季節の細分によれば、「八月」は秋の真ん中で「中秋」あるいは「仲秋」となり、旧暦の暦月の日数は29日か30日のいずれかなので、15日は暦月の真ん中の日と考えることが出来る。旧暦の八月十五日という日は秋の真ん中の月の真ん中の日、つまり秋全体の真ん中の日と考えられるので、この日のことを「中秋」と言う。旧暦は太陰暦の一種ですから日付は空の月の満ち欠けの具合に対応している。したがって月の半ばである15日の夜の月は必ず満月か満月に近い丸い月が見えるので、「十五夜の月」=「満月」となるのだ。

中秋の日の夜に澄んだ秋空に昇るこの丸い月はやがて中秋の名月と呼ばれるようになり、これを観賞する風習が生まれた。秋は収穫の時期でもありその年の収穫物を月に供える風習が各地に残っている。「芋名月」などの呼び名はここから生まれたものだと考えられる。(四国の実家でもそうでした)現在月見団子を供えるのも芋を供えた風習の変形だろう。(つまり団子は芋の代わり)。

さて、ここで実際の旧暦八月十五日の中秋の名月を調べてみると、実は満月でないことが多い。これは旧暦壱日の決め方のせいなのである。旧暦の壱日は「朔(新月)となる瞬間を含んだ日」なので、0時0分に朔となる日も、23時59分になる日も同じく「一日」になる。したがって旧暦15日の月齢は、最小13.0,最大15.0,平均14.0となる。新月から満月までの平均日数は約14.76日なので月齢平均よりも0.76日長くなるというわけだ。

今年はようやくこの期に及んで秋らしくなったが、来年のカレンダーを見ると中秋の名月は9月12日となっている。今年のような猛暑であれば12日はまだまだ残暑厳しく、お月見どころではないだろう。でもマクドの月見バーガーは来年も登場でしょうが(笑)
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