2005/8/31

また負けた  サッカー(マリノス)

ナビスコ準決勝第一戦。また負けました。

今日は久しぶりにちゃんと試合を見た。今までは家事をしていたり、他の試合を見たりしてたから、きちんと見ることが少なかった。

で、

つまんない試合だった。

ガンバは今好調だから、負けることは仕方ないとは思うよ。でももう、押されっぱなしだからね。あんなに攻められたら、いつかは点をとられてしまうのは仕方がない。問題はカウンターすらできない攻撃のお粗末さ。

戦力が整ったら、マリノスは優勝に絡んでいくのだろうと思った。山瀬やマグロンが入れば、戦力はプラスされていくのだろうと思った。

違った。マイナスになっている。足元は確かに巧いけれど、スピードとか連携とかないんだよ。

攻撃力がないなら去年のCL第一戦のようにFWを走らせるシンプルな攻撃を見せてくれよ。

岡田監督も39分に点を取られてから、大島グラウを入れても遅いんじゃないかい。監督お疲れだね。

でもとにかく点を入れて勝って下さい。応援してますから。
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2005/8/30

ホンジュラス戦って  サッカー(代表)

移籍後初ゴールを上げたかと思ったら、俊輔はもう帰国なんだね。他の選手たちも次々帰ってきているようだ。

ホンジュラス戦。

代表戦があるということを知らない人が多い。こんなに代表戦を組む意味があるのだろうか。第一、宮城スタジアムだし。

夏休みも終わったばかりの9月平日に宮城って。まだチケットが1万枚以上残っているらしい。
客寄せパンダとしての海外組らしいが、折角、頭角を現した新しい選手たちの出る幕があるのだろうか。

そういえば明日はナビスコ準決勝第1戦だ。マリノスはまたガンバ。せめて引き分けてほしい。選手は揃っているのかな。久保は?中沢は?グラウは?

オフサイドのルール変更がまた元に戻るらしい。何だったの?
あれ、結構ドキッとしたよ。オフサイド見落としか、て。

昨日(今日?)のスポルト。海外サッカーの開幕戦を紹介していて、アイマールのビューティフルゴールも見せていたが、ウッチー(内田アナ)が「私のパブロ」だって。もう!ベッカムで我慢しておきなさい。

以上、サッカーに関する「どうでもいいや」感想。
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2005/8/29

祝俊輔初ゴール!  サッカー(代表)

家族が違うテレビ番組を見ていて、なかなかスカパーを見ることができなかったが、替えた途端、俊輔のゴールが飛び出した。左へ持ち込んだ選手からのクロスに長い距離を走ってきて、合わせた。80分段階で4−0だから今日は快勝だ。前節が散々だったから、良かった。
いつも思うけれどスコットランドのサッカースタジアムは素晴らしいね。芝生は青々、観客席とピッチがとても近い。建物もきれい。レンジャースのホームは大型ビジョンが最新式だった。

スカパーのいろんなチャンネルを次々に替えていったら、平山君のヘラクレスもやっていた。2−1で逆転勝ち。平山もアシストしたという。試合後まるで優勝したかのような喜びようで、手をつないでサポーターに挨拶する選手たちがとても可愛らしかった。平均年齢も若そうで、初々しい。平山もすっかり溶け込んでいた。

その後、インテルの試合も少し見た。フィーゴ、という声に「あ、そうだった」と思った。インテルはやっぱりレベルが違う。スコットランド、オランダと見て、セリエのインテルを見るとその差が歴然。フィーゴ、アドリアーノ、レコバ、サネッティ・・・。う〜ん。今セリエには柳沢しかいないんだった。見る機会が減ってしまうなぁ。

別の話題。ホワイトバンドを購入したが、新聞によると、300円のうち援助に回る分はないそうだ。経費はかかるにしても10円くらいは恵まれない人に行くと思っていたのでがっかりしてしまった。
レアルのチャリティマッチの売上より、宿泊費の方が高くついたという話もある。まさか売上で宿泊費を払うわけではないだろうなぁ。

関係ない話。「愛流刑」(あいるけ)で冬香が死んでしまいましたね。娘の会社で話題(お笑いの対象)になっているというので、ウチでも時々話のネタになった。渡辺淳一さんもどうかと思うよ。斉藤美奈子さん流に笑っていればいいのだろうが、朝刊のあの挿絵を見ただけでうんざりするよ。

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2005/8/28

遥かなる秘島3島めぐり3  旅・散歩

(記録3)
呼子港に入港。ここからバスで平戸まで行く。唐津をかすめて伊万里、平戸へ。この辺りは元寇や文禄・慶長の役の史跡が多い。また、廃炭坑、閉鎖造船所、第3セクターの松浦線など世の移り変わりを感じさせるものも散在した。

ツァー客もだいぶ顔なじみになり、バスの中も和気藹々の雰囲気になる。50代から70代、もし水害事故にあってバスが沈没しても屋根に上り「上を向いて歩こう」などを歌いながら励ましあえそうなメンバー構成だ。

平戸千里浜ホテル嵐風着。九十九島の一部が見えて眺めはいい。温泉は純重曹泉で茶色。嵐風はまぁ普通のホテルだが、食事時のショーだけはいただけない。ホテル関係者の歌、踊り、太鼓。うるさくて食事が楽しめない。

平戸は35年ぶり。平戸大橋ができる前で、平戸口から船で平戸に渡った。もうどこを歩いたのか、ほとんど記憶にない。町並みも変わってしまっている。

台風が心配で留守宅に度々メールする。雨が激しく降っているという。
8時就寝、5時起床。テレビニュースで台風情報を見る。

朝食後、平戸観光。オランダ橋〜聖ザビエル記念聖堂〜松浦資料博物館。階段の多い道を約1時間歩く。平戸はキリシタン殉教や混血児追放など悲しい歴史も多い。博物館はオランダ貿易、キリシタン禁止令関係資料や松浦家所蔵の品々が展示されている。

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寺院から宗家の墓所、聖ザビエル記念聖堂へ向かう階段。

平戸を後にして、佐世保〜柳川へ。ガイドさんが今年の「釣りバカ日誌」は佐世保が舞台だと話していた。27日公開。

柳川到着。オプショナルツアーで「川下り」があったが、申込みせず。白秋記念館と旧柳川藩主立花邸を見学する。白秋の詩や童謡の歌詞などを見ると、大正・昭和モダンを感じる。立花邸は庭園と雛人形などで有名だ。柳川は至る所から「鰻せいろ蒸し」の匂いがしてくる。
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立花邸の庭園。立花邸西洋館煙突は福岡西方沖地震で倒壊した

柳川から佐賀平野を経て福岡へ。

佐賀平野はクリークが縦横に走る。水田の中に大豆畑。蓮畑も点在する。緑が目に優しい。目が喜んでいる気がした。

大動脈の九州自動車道を走って、福岡着。お土産を買って飛行機に搭乗。

予定より10分遅れて20時50分発。やっぱり緊張した。途中、多少揺れた。すかさず機長から「台風の影響で多少、コトコトしますが、順調に飛行しています。」とアナウンスがあった。

およそ1時間20分で羽田着。

忙しい日程で、テレビやネットはほとんど見ず、街からも遠く、日常から全く切り離された3日間だった。心地よかった。

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2005/8/28

遥かなる秘島3島めぐり2  旅・散歩

(記録2)
壱岐・郷の浦港着。ツァー客は二手に分かれて宿泊。私たちはホテルアイランド。海に面した場所にあるというので期待したが、「オーシャンビュー」ではなく「港湾風景」が広がっていた。

ここの夕食は美味しかった。地のものという魚介類がさすがに新鮮で美味しかった。サザエ、タイ、ウニ、カツオ、ブリ、イカ。島豆腐はかなりの堅さだった。対馬での昼食はやや貧弱だったのでほっとした(ロクベイ汁という独特の食べ物はあったが)。

9時には就寝。翌朝5時起床。朝食もおいしかった。

壱岐観光。まず猿岩へ(25日携帯から写真を送った)。古くから知られていたわけではなく、昭和30年代に観光客が見つけたという。

壱岐は古代の遺跡が多い。有名なのは「原の辻」遺跡。魏志倭人伝に記されている「一支国」の王都である。吉野ヶ里と同規模というが、片隅に資料館と復元した竪穴式住居がある程度で、後は田園地帯だ。資料館にある出土物の多さにはびっくりした。古墳時代の遺構も多いが「鬼の岩屋」のみ見学した。

左京鼻は壱岐の東側突端である。この先端左側にあった夫婦岩の片方は今年3月の福岡西方沖地震で崩れてしまったと言う。
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左京鼻。サスペンス劇場の舞台になりそうな断崖だ。

壱岐の特産品の「焼酎工場」にも行った。壱岐は「麦焼酎発祥の地」なんだそうだ。離島だが、地下水が豊富だから焼酎製造に適しているとのこと。
説明にあたる従業員さんの顔つきが優しく誠実そうでしかもプロらしい知識の豊富さで好感がもてた。都会で人気の「しそリキュール」お買い上げ。

壱岐は地下水が豊富、温泉もある。長崎では諫早平野に次ぐ広さの水田地帯がある。島では食べきれない程の米が取れる、米沢牛、神戸牛の元牛となる壱岐牛の肥育も盛ん、海女・海士の取るウニ、アワビ漁も盛んと自然、農漁業に恵まれた豊かな島だ。山ばかりの対馬とは対照的だ。

そういえば、電力王「松永安左エ門」出身の島なので電気が引かれたのも早かったそうだ。

昼はウニ丼。壱岐観光のガイドさんはこのウニ工場から派遣されているという。このシステムには驚く。

対馬と壱岐は国境の島なので、対外防衛の前線基地だ。天智天皇の築いた「金田城」から、元寇、秀吉の朝鮮出兵、近代の国防(日清、日露〜終戦)まで、戦争遺跡も多い。猿岩近くに残る砲台跡。昭和初めに完成し、東洋一の規模を誇りながら、一発の砲弾も撃つことなく終戦を迎えたという。国土防衛の時には航空機の時代に入っていたのだ。

印通寺港を14時過ぎに立ち、佐賀県呼子港へ。およそ70分の船旅だった。関東は台風で大変だったが、こちらは晴れだった。
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フェリーの甲板から。
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2005/8/28

また負けた  サッカー(マリノス)

今日は良いサッカーをしていた。清水がよく走っていた。でも負けた。

プレーが止まった時にヴェルディと鹿島の試合に替えた。ちょうどワシントンがヘディングを叩き込んだ所だった。

マリノスの試合に戻すと、ボールをペナルティエリアに持ち込むんだけど、そこからぐにゃぐにゃやっていてシュートまで時間がかかる。でもシュートを打つだけ前節よりましか。

次にチャンネルを替えた時はジウが一人で持ち込んで、ワシントンへパスする時だった。ワシントンがまたしてもシュートを決めた。シンプルでいながら巧み。どうしてマリノスにこういう攻撃ができないのか。

マリノスにもどすと勝ち越されたところだった。

なんだよ、とスカパーに替えて浦和の試合をちょっと見て、BS1に戻すとマリノスが追いついていた。ロスタイム。ガンバのFKをしのいでGKから松田へパス。そこへアラウジーニョがすごい勢いで突っ込んでいった。慌てる松田。ボールを取られてファウルで止める。イエローカード。松田は緩慢なプレーだったよ。

あの時、松田よりアラウジーニョに勝負への執念を見た。負けは当然の帰結。

まぁ2点取ったのは光明かもしれないが、チャンピオンチームとはもう言えないね。プレーも執念も試合運びももはやチャンピオンのマリノスではない。ガンバの格下になり下がった。
優勝を狙えるチームと狙えないチームの差が出たとも言える。

今後一つでも勝点を重ねて、降格争いをしないことだ。
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2005/8/27

遥かなる秘島3島めぐり1  旅・散歩

ちょっと大げさなツァー名だと思うけれど「遥かなる秘島3島めぐり 壱岐・対馬・平戸3日間」(阪急旅行社)に出かけた。その記録(1)。

羽田から福岡へ、ここで乗り継いで対馬空港へ。飛行機に乗るのは4年ぶりだ。飛行機は苦手で前の日から緊張していた。飛行機に搭乗したときから心拍数、血圧とも上がっていたと思う。飲み物のサービスが始まってから少し落ち着いた。でもちょっとガタガタすると身体がこわばった。

台風が接近していたので、東京は曇りだった。・・だが富士山が見えた。中部地方に行くと山襞とゴルフコースが見え、やがて琵琶湖も見えた(夫の話)。その後は見えず。福岡に近づいてから地上が見えた。

福岡で添乗員さんとツァーメンバーとご対面。44名の参加。50代から70代。年齢層が高い。

福岡から対馬へ。飛行機は満席。テレビがないので、客室乗務員の救命道具装着の説明は実演。こちらの方がずっとわかりやすいよ。
志賀島や能古島を見ながら玄界灘を超えて対馬へ。35分位で到着。対馬空港は山を削って建設したもの。端は断崖。滑走路に入る直前、機体は左右に揺れ急降下、機内から悲鳴が上がったが、私は冷静だった(つもり)。島の近くは気流が悪いそうだ。

対馬は今にも雨が降りそうな天候。まず上見坂展望台へ(24日携帯で送った写真参照)。ここは細長い対馬の南の方。真ん中に浅茅湾があって、北に上対馬がある。対馬と韓国の距離は50km、九州本土には120kmだから、韓国の方が近い。しかし韓国が見えるのは晩秋から初冬のほんの数日だそうだ。今日27日は「ちんぐ音楽祭」(日韓音楽交流祭)が開かれているはずだ。ガイドさんも「パリパリハセヨ」(早くして下さい)等韓国語を披露していた。

対馬は山ばかり。90%が山だという。山を降りて厳原へ。昼食後、対馬の藩主だった宗家の墓所がある万松院を拝観する。お寺はかなりくたびれている。墓所へつながる石段は風情があった。160段の階段を頑張って上った。宗家の墓所は毛利、伊達とともに3大墓所だと言う。
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石段。

対馬歴史民俗博物館(目玉は朝鮮国通信使資料)と「お船江」(昔のドッグ)を見て、観光は終わり。

ガイドさんが「対馬は観光開発が遅れていて、お見せするものが少ししかありません」と言っていた。「お客さんから『対馬はいい所ですね。お金を全く使いませんでしたよ』と言われたんです」と苦笑交じりに話していた。確かにね。万松院の墓所も「階段苦労して上がったら、墓場じゃんか」と言っているお客もいた。

3時には対馬を離れて壱岐へ。フェリーで2時間の船旅だった。「今日は台風の影響でややしけています」と船長のアナウンス。真直ぐ歩くのが難しい揺れだったが、横になっているとあまり感じず。うつらうつらしている時、ガガッと船体が揺れると、「あぁどうしよう」と思い、「あ、飛行機でなく船だった」と気がつき、安心するのだった。私としては快適な船旅で5時に壱岐に到着。

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