2005/8/28

遥かなる秘島3島めぐり3  旅・散歩

(記録3)
呼子港に入港。ここからバスで平戸まで行く。唐津をかすめて伊万里、平戸へ。この辺りは元寇や文禄・慶長の役の史跡が多い。また、廃炭坑、閉鎖造船所、第3セクターの松浦線など世の移り変わりを感じさせるものも散在した。

ツァー客もだいぶ顔なじみになり、バスの中も和気藹々の雰囲気になる。50代から70代、もし水害事故にあってバスが沈没しても屋根に上り「上を向いて歩こう」などを歌いながら励ましあえそうなメンバー構成だ。

平戸千里浜ホテル嵐風着。九十九島の一部が見えて眺めはいい。温泉は純重曹泉で茶色。嵐風はまぁ普通のホテルだが、食事時のショーだけはいただけない。ホテル関係者の歌、踊り、太鼓。うるさくて食事が楽しめない。

平戸は35年ぶり。平戸大橋ができる前で、平戸口から船で平戸に渡った。もうどこを歩いたのか、ほとんど記憶にない。町並みも変わってしまっている。

台風が心配で留守宅に度々メールする。雨が激しく降っているという。
8時就寝、5時起床。テレビニュースで台風情報を見る。

朝食後、平戸観光。オランダ橋〜聖ザビエル記念聖堂〜松浦資料博物館。階段の多い道を約1時間歩く。平戸はキリシタン殉教や混血児追放など悲しい歴史も多い。博物館はオランダ貿易、キリシタン禁止令関係資料や松浦家所蔵の品々が展示されている。

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寺院から宗家の墓所、聖ザビエル記念聖堂へ向かう階段。

平戸を後にして、佐世保〜柳川へ。ガイドさんが今年の「釣りバカ日誌」は佐世保が舞台だと話していた。27日公開。

柳川到着。オプショナルツアーで「川下り」があったが、申込みせず。白秋記念館と旧柳川藩主立花邸を見学する。白秋の詩や童謡の歌詞などを見ると、大正・昭和モダンを感じる。立花邸は庭園と雛人形などで有名だ。柳川は至る所から「鰻せいろ蒸し」の匂いがしてくる。
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立花邸の庭園。立花邸西洋館煙突は福岡西方沖地震で倒壊した

柳川から佐賀平野を経て福岡へ。

佐賀平野はクリークが縦横に走る。水田の中に大豆畑。蓮畑も点在する。緑が目に優しい。目が喜んでいる気がした。

大動脈の九州自動車道を走って、福岡着。お土産を買って飛行機に搭乗。

予定より10分遅れて20時50分発。やっぱり緊張した。途中、多少揺れた。すかさず機長から「台風の影響で多少、コトコトしますが、順調に飛行しています。」とアナウンスがあった。

およそ1時間20分で羽田着。

忙しい日程で、テレビやネットはほとんど見ず、街からも遠く、日常から全く切り離された3日間だった。心地よかった。

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2005/8/28

遥かなる秘島3島めぐり2  旅・散歩

(記録2)
壱岐・郷の浦港着。ツァー客は二手に分かれて宿泊。私たちはホテルアイランド。海に面した場所にあるというので期待したが、「オーシャンビュー」ではなく「港湾風景」が広がっていた。

ここの夕食は美味しかった。地のものという魚介類がさすがに新鮮で美味しかった。サザエ、タイ、ウニ、カツオ、ブリ、イカ。島豆腐はかなりの堅さだった。対馬での昼食はやや貧弱だったのでほっとした(ロクベイ汁という独特の食べ物はあったが)。

9時には就寝。翌朝5時起床。朝食もおいしかった。

壱岐観光。まず猿岩へ(25日携帯から写真を送った)。古くから知られていたわけではなく、昭和30年代に観光客が見つけたという。

壱岐は古代の遺跡が多い。有名なのは「原の辻」遺跡。魏志倭人伝に記されている「一支国」の王都である。吉野ヶ里と同規模というが、片隅に資料館と復元した竪穴式住居がある程度で、後は田園地帯だ。資料館にある出土物の多さにはびっくりした。古墳時代の遺構も多いが「鬼の岩屋」のみ見学した。

左京鼻は壱岐の東側突端である。この先端左側にあった夫婦岩の片方は今年3月の福岡西方沖地震で崩れてしまったと言う。
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左京鼻。サスペンス劇場の舞台になりそうな断崖だ。

壱岐の特産品の「焼酎工場」にも行った。壱岐は「麦焼酎発祥の地」なんだそうだ。離島だが、地下水が豊富だから焼酎製造に適しているとのこと。
説明にあたる従業員さんの顔つきが優しく誠実そうでしかもプロらしい知識の豊富さで好感がもてた。都会で人気の「しそリキュール」お買い上げ。

壱岐は地下水が豊富、温泉もある。長崎では諫早平野に次ぐ広さの水田地帯がある。島では食べきれない程の米が取れる、米沢牛、神戸牛の元牛となる壱岐牛の肥育も盛ん、海女・海士の取るウニ、アワビ漁も盛んと自然、農漁業に恵まれた豊かな島だ。山ばかりの対馬とは対照的だ。

そういえば、電力王「松永安左エ門」出身の島なので電気が引かれたのも早かったそうだ。

昼はウニ丼。壱岐観光のガイドさんはこのウニ工場から派遣されているという。このシステムには驚く。

対馬と壱岐は国境の島なので、対外防衛の前線基地だ。天智天皇の築いた「金田城」から、元寇、秀吉の朝鮮出兵、近代の国防(日清、日露〜終戦)まで、戦争遺跡も多い。猿岩近くに残る砲台跡。昭和初めに完成し、東洋一の規模を誇りながら、一発の砲弾も撃つことなく終戦を迎えたという。国土防衛の時には航空機の時代に入っていたのだ。

印通寺港を14時過ぎに立ち、佐賀県呼子港へ。およそ70分の船旅だった。関東は台風で大変だったが、こちらは晴れだった。
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フェリーの甲板から。
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2005/8/28

また負けた  サッカー(マリノス)

今日は良いサッカーをしていた。清水がよく走っていた。でも負けた。

プレーが止まった時にヴェルディと鹿島の試合に替えた。ちょうどワシントンがヘディングを叩き込んだ所だった。

マリノスの試合に戻すと、ボールをペナルティエリアに持ち込むんだけど、そこからぐにゃぐにゃやっていてシュートまで時間がかかる。でもシュートを打つだけ前節よりましか。

次にチャンネルを替えた時はジウが一人で持ち込んで、ワシントンへパスする時だった。ワシントンがまたしてもシュートを決めた。シンプルでいながら巧み。どうしてマリノスにこういう攻撃ができないのか。

マリノスにもどすと勝ち越されたところだった。

なんだよ、とスカパーに替えて浦和の試合をちょっと見て、BS1に戻すとマリノスが追いついていた。ロスタイム。ガンバのFKをしのいでGKから松田へパス。そこへアラウジーニョがすごい勢いで突っ込んでいった。慌てる松田。ボールを取られてファウルで止める。イエローカード。松田は緩慢なプレーだったよ。

あの時、松田よりアラウジーニョに勝負への執念を見た。負けは当然の帰結。

まぁ2点取ったのは光明かもしれないが、チャンピオンチームとはもう言えないね。プレーも執念も試合運びももはやチャンピオンのマリノスではない。ガンバの格下になり下がった。
優勝を狙えるチームと狙えないチームの差が出たとも言える。

今後一つでも勝点を重ねて、降格争いをしないことだ。
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