2005/10/12

ぼくもいくさに往くのだけれど  本・文学

まだ読んだばかりでうまくまとめられないので、簡単な印象だけを書く。

最初あまり読みたいとは思わなかった。所謂「反戦詩」を前面に出した著作かなと思ったからだ。そうではなかった。著者の感受性と竹内浩三の感受性が響きあう極めて繊細な作品だった。

稲泉連著「ぼくもいくさに往くのだけれど 竹内浩三の詩と死」
竹内浩三は23歳でフィリッピンで戦死している。彼は次の詩で知られる。

戦死やあはれ
兵隊の死ぬるやあはれ
とほい他国で ひょんと死ぬるや
だまって だれもゐないところで
ひょんと死ぬるや
ふるさとの風や
こひびとの眼や
ひょんと消ゆるや
・・・・
と後はまだまだ続くのだけれど、長いので割愛。

著者は竹内の世代から見ると孫か、それより若いかもしれない。世代を超えて、戦争という時代を超えて、著者は竹内の詩に惹かれたという。あの時代にあって極めて平易で、「子どものように素直な感情」で書かれた詩。何故惹かれるのか、著者は竹内の人生を追いながら、探っていく。

竹内の詩が世に出るきっかけになった松阪市編「戦没兵士の手紙」を編集した高岡氏が語る戦中の一日。高尾山に登り、透き通った青空の下に寝転んだ。その時B29が一機飛んでいくのが見えた。ふと「なんなのだろう、と思った」「なんでこんなことしとんのやろ」。後になって、高岡氏はこの時のことを「戦争一色の環境の中にあっても、ふと本来の自分というような場所に帰る瞬間があるものだな、ということなんです」。そして「竹内浩三の詩にはそういった人間本来のものがあると思う」。

この話が私には一番印象深かった。今私たちは「本来の自分」をわざわざ感じなくてもいい時代にいる。そのことの自覚があるだろうか。

もう一つ。著者あとがきにある言葉。「僕にとってかつて浩三の体験した戦争が『遠くにある何か』であるのと同じように、じつは彼にとってもそれは『遠くにある何か』でしかなかったのではないか」。
でも浩三はフィリッピンで戦死し、戦死した具体的な場所もわからず、骨すら戻らなかったのだ。

稲泉連くん、お母さんの久田恵さんの本は何冊も読んで、あなたのことは本を通して知っていました。いい仕事をしましたね。あなたの感受性をそのまま素直に伸ばして、またよい本を書いてください。



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