2005/12/18


いよいよ始まります。ワクワク(携帯から)
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2005/12/18

3位決定戦  サッカー(その他)

サプリサが2-3逆転で勝ちました。3点目のFKは素晴らしかった!(携帯から)
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2005/12/17

サッカーいろいろ  サッカー(代表)

天皇杯のガンバ対柏の試合、前半0−0だったので、つまらないと思って見るのをやめた。スポーツニュースで結果を知った。後半点の取り合いだった。こんなにがらりと様相の変わる試合も珍しい。柏もここで勝っていたら、少しはサポーターの心も安らぐのに残念だった。

ロイ・キーンがセルティックに移籍。俊輔と同じチームって、何だかミスマッチ?一番ありえない組合せのような気がする。おかしい。キーン様俊輔をいじめないでね。

マリノスの更改は順調に進んでいるようだ。もめないということは良いのか?今年の成績はよくないのだから、多少下がっても仕方ないように思えるけれど、ACL、A3のご苦労さんもあるのかな。

獲得選手はまだ発表がない。どのような補強をするのかすごく注目しているのだが、ガンバや浦和の強化策しか耳に入らない。浦和は報道されるとおりなら、すごい補強だ。三都主を放出するのだから(笑)。それに伝えられている通りなら小野っち復帰は脅威だ。

キックオフマリノスで今度山形監督に転出する樋口コーチが出ていた。
大橋や哲也は小学校の時から知っている、と言っていた。哲也は樋口コーチの一言でGKになったのだそうだ。中澤はマリノスでテストを受けていたという。樋口コーチはOKと上層部に伝えたけれど、中澤から「ヴェルディが決まったので」と断りの電話が来たとか。なんだよぉ、だけど、結局マリノスにきたからいいや。

アルアハリとシドニーFCの試合はあんまり見ていなかった。お寒い試合だったようだ。やる意味があったのか?と。カズがいなかったら、誰も見に行かなかったね。第一回だから、問題点がいろいろ出てきた。次に生かして欲しいと思う。

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2005/12/16

秩父夜祭今昔(2)  旅・散歩

秩父夜祭今昔(1)を書いたので、(2)も書かないとね。

10数年ぶりで夜祭に行って驚いたことは、行列の順番が変わっていたことだ。

夜6時半にいきなり神幸行列が出発した。昔は笠鉾、屋台、神幸行列の順番だった。笠鉾や屋台が団子坂の急坂と勢い良く登った後、厳かな神様の行列が続く。神主さん、神楽の人たち、各町内会の高提灯、お供物行列、お神輿。そして最後にご神馬が現れると子ども心に興奮したものだった。

笠鉾・屋台は神様の行列を先導するのが役割だから、本来はそうあるべきなんだと思う。

順番が逆になったのはやっぱり観光客用演出なのかな。

観光客用といえば、西武秩父線が開通したり、関越自動車道が開通して、観光客が格段に増えた時期から、山車(笠鉾・屋台)が祭祀場所である秩父公園へ向かうコースが変わった。30年くらい前かな。

以前は秩父神社大鳥居正面から真直ぐに伸びる番場通りを通っていた。だがこの道は山車が商店の軒とぶつかってしまうような狭さだった。観光客が入る余地がなく危険でもあった。それで道路幅の広い本町通りを通すようになった。

これはこれで仕方のない決断ではあったが、惜しむ声もあった。番場通り脇には小さな祠があり、この前を通る時、山車は屋台囃子の音をひそめる。年一回秩父神社の神様と武甲山の神様(愛人)が会うのが夜祭だ。この祠は秩父神社の本妻の祠と言われているから、そっと通ったのだ。いかにも民間習俗らしい話。今はこの風習もなくなった(と思う)。

山車牽引コースは多くの観光客の目に触れるよう、コースが長くなった。観覧席もいろいろな所に設けられるようになった。

観光客用に、いろいろな工夫をしているようだけれど、真冬の夜祭見物はまだまだ辛いものがある。駐車場は市内にあまりなく、かなり遠い場所にあって、シャトルバスで送迎をしている。観覧席も早くから行っていると待っている間が長いし寒い。行列の通る直前だと混雑で観覧席にたどり着かないかもしれない。

何より、困るのがトイレだそうだ。駅のトイレは長蛇の列。スーパーマーケットの前には簡易トイレが設置してあったけれど、これも長蛇の列だった。「死ぬ思いをした」と語る知人もいる。あらかじめ言って下されば実家のトイレを貸します。

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2005/12/15

リバプール!  サッカー(その他)

楽しかったぁ!02年ワールドカップを思い出した。

リバプールサポはイングランドサポと同じようにフラッグを沢山スタジアムに吊り下げた。試合後の帰り道でもずっと歌っているのはアイルランドサポみたいだった。日本の若者と肩を組んで「リバプール!」と叫んでいる「酔っ払いおじさん」もワールドカップでよく見た風景。

試合はちょうど去年のドイツ代表対日本代表のように一方的な試合だった。サプリサにはもう少し意地を見せて欲しかった。でも体格も違いすぎるよ。ジェラードのシュートは素晴らしかった。向こう側だったのが残念だ。

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3点目を決めて喜ぶリバプールの選手たち

モリエンテスがすぐそばでアップしていたのは嬉しかった。シセが試合後サポーター席にユニフォームを投げ入れに来た。何だか風格があったね。

決勝戦が楽しみになった。やっぱり国際試合はわくわくする。

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2005/12/15

トヨタカップ準決勝  サッカー(その他)

始まります。前から5列、実質2列目のいい席です。リバプール側なので、サポーターの歌がよく聞こえます。携帯から
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入場して整列したところ。やっぱりピンボケ。
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2005/12/14

オシムの言葉  本・文学

大急ぎで「オシムの言葉」(木村元彦著)を読み終えた。昨日は同じ著者の「悪者見参」を読み終わった。

「『民族浄化』を裁く−旧ユーゴ戦犯法廷の現場から−」(多谷千香子著)の公的な記述を内側から検証するような本だと思った。サッカー選手、監督、サポーターが具体名で出てきて、政治・軍事・外交上の事件とクロスする。

「悪者見参」は随分前の本だけど、ずっと「ストイコビッチ自叙伝」だと思っていて、手に取らなかった。私の思い込みとは全然違った。ユーゴ紛争の優れたルポルタージュであり、現代史だった。

「オシムの言葉」も重い本だった。オシム監督は私が考える以上の名監督、偉大な人物だった。苛酷な時間を毅然と生き抜いた。この伝説的な監督が日本のJリーグにいるという幸せを噛みしめたい。

オシム監督は東京オリンピックの時ユーゴスラビアサッカーチームの選手として来日している。大宮サッカー場で日本代表と試合したそうだ。

私が初めてサッカー国際試合を見たのも、この東京オリンピック時の大宮サッカー場だった。あんまり記憶が定かではないのだが、一方は東欧のチームだった。でももう一方は日本代表ではなかったから、ユーゴの試合ではないと思う。その時オシム選手を見ていたらすごいことだったのにね。

「チェコの7番がカッコよかった」という断片的な記憶がある。チェコが出場していたかどうかわからないけど「チェコ」という記憶なのだ。プレーでなく「かっこいい」が記憶にあるのがミーハーな証拠で情けない。

オシム監督が率いてストイコビッチ、シューケル、プロシネチキ、ボグシッチ等才能あふれる選手が綺羅星のごとく並んだ1990年W杯のユーゴ代表。アルゼンチンとの試合は見ていた。ただ、このイタリア大会の総集編ビデオはない。多分つぶしてしまった。メキシコ大会総集編ビデオは私のお宝として持っている。もちろんアメリカ大会もある。フランス大会は総集編だけではなく、主だった試合は皆ビデオに録ってある。

なのに、イタリア大会だけがない。若きストイコビッチが躍動する姿や指揮をとるオシム監督の姿もあったはずなのに。残念。

後で後悔することがあるから、やっぱり物を簡単に捨てたり、処分したり消したりしたらいけないなあ。

今日は本の感想でなく周辺のグダグダ話になった。いずれきちんと感想を書きたい。

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