2009/1/17

安田講堂から40年  政治

今朝、チャンネルを替えていたら、NHK「アーカイブ特集安田講堂から40年」をやっていた。途中から見た。

前の日、民放でドラマ仕立の「安田講堂」をやっていたようだが、こちらはまったく見る気がしなかった。

NHKのは、78年=安田講堂から10年目に「橋本治(作家=当時東大五月祭ポスターを描いた)」が東大全共闘の闘士たちのその後を訪ねるドキュメンタリーをはさみつつ、現在の彼らの姿を描く。

安田講堂防衛隊長だった故今井澄さんは服役後、諏訪中央病院で地域医療に尽くす。国会議員にもなった。

今井さんの告別式で東大全共闘議長だった山本義隆が弔詞を読む。

(うろ覚えです)

「国会議員としての今井澄を記憶している人達もいるだろう。医師として地域医療に尽くした姿を記憶している人達もいるだろう。しかし、僕にとってはあくまでも医学部闘争(・・・忘れた)議長、全学(・・・忘れた)委員長(?)、そして安田講堂守備隊長としての今井澄として記憶するのである。あの困難な任務は今井でしかできなかった。」

「君は、組織としてではなく、一個人として、個人の責任において、自立した思想を持って戦った・・・」

そうだと思う。全共闘運動は、その後のよど号や浅間山荘事件、内ゲバなどでフェードアウトしてしまった。それこそ「髪を切って就職」(イチゴ白書をもう一度)したり、「若い時の熱病」だったり。

しかし、その闘争の意味を真摯に考え続けた人々は少数ながらいた。

また、「ウーマンリブ=フェミニズム」や「環境保護運動」「生協・生活クラブ=安全な食」「福祉関係地域活動」などは全共闘運動から派生していった部分もあると思う。

別の感想だが、


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2009/1/16

チェ 28歳の革命  映画

「チェ 28歳の革命」を見てきた。

今週、この映画は興行成績が2位だった。どちらかと言うと単館上映タイプで、そう大衆受けする映画ではないと思っていたので意外だ。

映画館に入って最初に気づいたのは男性が多いこと。女性はカップルで来ている人だけ。

私は「女性向け映画」またはレディースデイに行くことが多いから、ほとんどが女性で男性は居心地悪そうに数名と言うことが多い。

それともう一つ気づいたこと、映画終了後「ゲバラっていうのはさ」とか「ゲバラを初めて知ったのは・・」とか連れに熱く語る男性が多かった。

普段私が見る映画と雰囲気が大分違う。

映画は、4時間の大作で、本作はその前半部分だ。だから映画の評価は「チェ38歳別れの手紙」を見てからでないと出来ないのだとは思う。

革命の輝かしい成功の後の、苦難の道。何かが理想から離れていってしまったのだろう。後半はそれが描かれているのか。

簡単に感想と、いつものように連想。

ゲバラの人間性はよく描かれていたと思う。村人たちを診察する時の優しさ、教育を重要視すること、倫理感の強さ(軍律の厳しさ)、常に読書をしているインテリとしての側面。ゲリラ戦を通じて、軍人としても成長していく。

「戦いたくないものは去れ」「十代は兵士にしない」という戦い方は、現在の武装勢力の有様=アフリカでの「少年兵士問題」アフガニスタンでの「子どもを自爆攻撃に使う」とははるかに隔たっている。

この現代の堕落は何がもたらしたものなのだろう。先進国の圧倒的軍事力や、革命の理想主義喪失、冷戦の終結などがあるのだろうか。

フィデル・カストロの政治指導者としての資質もちゃんと描かれていた。

が、「革命家」を描いても「キューバ革命」はあんまり描かれていなかったような気がする。

映画を見終わった若者が「結局、ゲバラって何をしたかったの?」と言っているのを聞いてそう思った。

革命前のキューバの惨状は言葉で少し説明されるだけだった。

(そういえば:「ゴッドファーザー」の2か3で、キューバ革命前の歓楽地としてのハバナが出てくる。そこでのショーはひどいものだった)

私たちの年代にしてみれば、キューバ革命の年〜ゲバラの死までと言えば、反帝国主義闘争の時代=アジア・アフリカ諸国の民族独立運動(ベトナム戦争も含む)、人権闘争の時代=黒人差別反対運動、社会主義下での自由を求める闘争が行われていた時期とわかる。

ゲバラが求めていたものも理解できる。自明のことだ。

はるか時代が過ぎてしまって、若い人たちにはわからないのかもしれない。社会主義の理想もとっくに色あせてしまった。民族独立運動=近代主義世俗主義だったが、今は民族自立・社会変革も宗教色を帯びることが多い。

アルジェリアのフランスから独立闘争を描いた秀作に「アルジェの戦い」(1966年、ベネチア国際映画祭金獅子賞受賞)がある。


今から30年位前、その映画と併映で「ゲバラ」(オマー・シャリフ主演)を見た。この「ゲバラ」は興ざめの思いで見た記憶がある※が、併映だったことはまんざら意味がないわけではない。

※⇒このことは05年1月「モーターサイクルダイアリーズ」でも書いた。



「チェ28歳の革命」で物足りなかった方には、「モーターサイクルダイアリーズ」(若きゲバラの南米旅行)と「アルジェの戦い」をお勧めします。

ゲバラについては、08年3月にも書いた。
ゲバラのフラッグ

↑↑この中で触れた戸井十月さんのNHK教育での話は「ゲバラ最期の時」(集英社)として刊行されているようだ。

書店で「ゲバラの写真集?」も見かけた。デルトロより本人の方がカッコイイね。

ゲバラの写真と言うと(前に書いたかな?)

69年に新宿西口フォークゲリラというのがあった。野次馬で見に行った。フォークソングを歌う人達を囲んで群衆が座り込んでいた。

細身の若者が、その人々をかき分けかき分け中央に進み、柱に「ゲバラ」のあのポスターを貼ったのだ。

なんか演劇的で印象的なシーンで、今でもしっかり覚えている。

「フォークゲリラを知っているかい」なんてサイトもあるんですね。
こちら
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2009/1/15

サトイモの葉に願掛け  サッカー(マリノス)

昨年7月初めに、水栽培したサトイモを(⇒7月8日の記事)プランターに植え直した。

そしたら葉を2枚、3枚とつけた。

枯れないようにと願った。

いろんなことに願掛けをするのは、まぁ「趣味」なのかもしれない。ビール断ちとか。遊びでもあり、半分真剣でもあり。

枯れなければ、「マリノス残留できる」。

残留決定後は「天皇杯勝利」。天皇杯敗退後もまだ緑の葉があった。

で、もう一つお願いすることにした。

「中澤佑二残留」

葉っぱが枯れなければきっとマリノスに残ってくれる。

まるでO・ヘンリー「最後の一葉」みたい。(「絵だった」というオチはないよ。)

ちゃんと残っています。
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馬鹿な話ですみません。

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2009/1/14

ありがとう佑二  サッカー(マリノス)

もう気が気じゃなかった。

「スポニチ」に残留決断と出ていても、公式発表があるまで安心できなかった。

「中澤佑二ブログ」や「マリノス公式HP」、「ハマトラSNS」の蒼井さん「現場です」を何度も更新した。

今日は今年初めての中国語教室なので、昼過ぎには、パソコンの前から離れなくてはならなかった。教室に行っても落ち着かなかった。

そうしたら、りえすけさんから「残留決定!」のメールが来た。娘からも「残留、大宮には昨日断りを入れたって」のメールが来た。

教室終了後、急いで家に帰った。そして中澤ブログを見た。

タイトルが「マリノス愛」じゃありませんか!!

疑ってごめんね。郷土愛の方が強いんじゃないか、と思ったりしました。移籍組だしね。

ファン・サポーターの想いが背中を押した、と書いてあった。

天皇杯に敗れて、挨拶に回る佑二に「中澤〜出て行くなよ〜」「佑二残ってくれ〜」とほんとに方々から声がかかっていたもんね。みんな必死の気持ちを伝えた。

安室ちゃんの貴重なテレカを中澤にプレゼントしたファンの方、ありがとう。いつもMTで気持ちを伝えてくれた皆様ありがとう。

昨年暮れにスタジアムショップに行った時、中澤ユニが売り切れていた。人気があるからだろうけど、残留を祈って購入した人もいるんじゃないかな。

私も一応会社にメールしました。

昨年から、那須、上野さんがいなくなり、大島、乾、隼磨もいなくなって、この上中澤、坂田もいなくなったら、本当に耐えられないよ。貧乏って哀しい。

(どんなになったって、マリノスにはついていくけれども)

でも良かった。本当に良かったです。今年も一生懸命応援します。経営に少しでも貢献できるように、友人達をスタジアムに連れて行きます。グッズも買います。

中澤佑二選手、本当にありがとう。
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2009/1/13

鹿児島城西対広島皆実  サッカー(その他)

(途中まで書いてなかなかアップできなかった。)

今年も高校サッカー決勝戦に行った。毎年サッカー初観戦は高校サッカー決勝戦(天皇杯は無縁

サッカー後援会は時間制限を設けたので、いつもより早めに国立に行く。12時ちょっと過ぎにはかなりの人がいた。

座席はいつも日当たりのいいホーム側バックスタンドと決めている。

高校サッカーでは応援団はバックスタンドに陣取る。ホーム側に鹿児島、アウェイ側に広島。

両チームとも被り物のマスコットがいた。広島はどう見てもカブなんだけど、広島名産はカブ?鹿児島は犬。「クレヨンしんちゃん?」と言ったのは「西郷ドン」だったみたい。

入った時は日差しもあって「日よけ帽子を持ってきてよかった」と言っていたのだが、何だか雲行きが怪しくなってきた。

と、ぱらぱら粒が降ってきた。雪?雪にしてふんわり感がない。アラレ?かなり降ってきてびっくりだ。寒いよ。

選手入場、校歌斉唱があって試合へ。円陣を組む両チーム。

鹿児島は円陣を解いて配置についたが、広島はサークルを作って選手が外向きになり、何かを唱えている。精神統一かな。その間鹿児島は待たされる。待たされる方は集中が切れるんだよね。

さて、試合開始。広島に勢いがある。「鹿児島有利」だと思っていたのにね。

が、やはり「大迫」クンはすごかった。3人くらいに囲まれても、細かくボールを動かして失わず、わずかの隙間からシュート。決まってしまう。

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鹿児島の攻撃。広島GKが抑える。

広島もがっくり来るかと思えば、そんなことなく、ますます元気に攻撃。

同点のゴールはドリブルで持ち込んだ選手が巧かった(ハマコーと応援されていた選手かな)。そしてクロス→落とす→シュートの流れは美しかった。

広島はパスがスペースへ出て、そこへ選手が走りこむ。サイドチェンジもある。パスもよくつながる。選手がすごく動いていた。セカンドボールもほとんど広島。一人ひとりに技術がある。

もう1点加えて1−2。

ハーフタイムに「広島の選手が疲れていなければ、広島有利だね」と話した。

後半開始。後半は鹿児島の時間帯があった。大迫からチャンス→右から折り返すとフリーの選手がいて落ち着いてシュート。これもきれいな得点だった。

2−2の同点。

でも、広島はすぐ突き放す。2番村井くん(いい選手で気に入った)がサイドを駆け上がって絶妙クロス。

(隼磨見習え!あ、もうマリノスの選手じゃないから、見習わなくていい。マリノス以外のチームと戦う時だけ見習ってね)

金島君がヘディング。3点目。勝ち越し。
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広島は1番から11番まで揃っている。9番と10番が入れ替わってるだけ。珍しい。

鹿児島は大迫に放り込むだけのサッカー。大味で工夫がない。広島としては、大迫をきっちりマークして、パスの出所を押さえればすむ。大迫らFWの二人は前線で張っているだけ。守備もしないし、走らない。

40分過ぎたら、広島は露骨な時間稼ぎ。早すぎるんじゃないか、とちょっと嫌な感じ。

残り時間少なくなっての鹿児島セットプレー、2度、GKが帽子を投げ捨てて攻撃参加した。スタジアムが大いに沸いた。

後ろに女子高生たちがいたのだが、彼女たちも大喜びだったね。彼女たち、サッカー知識が微妙に不正確で面白かった(笑)

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試合終了。勝者と敗者の残酷な風景。日差しがすっかり戻っている。

「トラップがうまいから、Jの時のようにいらいらせずすんだ」「走れよ〜と言わずに見られるのはいいね」と、プロ選手に厳しい観戦仲間たちの感想。

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相手応援団に挨拶。これが高校サッカー・ユースの良いところ。

試合後、W杯ボランティア&観戦仲間と新年会。もう7年も経ったんですね。旅行の話やJリーグの話などで盛り上がった。'18または'22年にはW杯日本単独開催ができるでしょうか?

もうボランティアはできないけれど、老骨に鞭打って観戦に行きたい。
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2009/1/12

始まります  サッカー(その他)

高校サッカー決勝戦。国立は雪が降っています(携帯から)
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2009/1/11

コートを買った  季節

どこもバーゲンをやっている。スタジアムでも着られるような暖かいコートを買いたいと思った。

デパートへ行った。中高年用の服はデパートにしかないからだ。

婦人服売り場を歩いていると、店員に呼び止められた。「お試しだけでいいですから着てみませんか」と表はナイロン、裏が全面毛皮(ファー)のコートを差し出された。

「着ていいんですか?」と言って、いそいそ袖に手を通す。

「暖かい!」「軽い!」「デザインも素敵!」

でも・・・34万円!!

「いい経験させてもらいました」とそそくさとその場を立ち去った。

34万円あったら、欧州旅行もできる。パソコンも買える。ブルーレイも買える。

結局10分の1の値段の、膝丈のダウンコートを買った。

これで、2月の代表戦も大丈夫。

結構気に入って、家で早速着てみた。

娘は、「切り替えがハイウエストだから、細く見える」とほめてくれた。

夫は。。。

「うん、兵馬俑みたいだね」

なんですと

そのことを話すと、家族に大うけだから、余計腹立つ

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