2009/1/5

昔の遊びのことなど  生活

NHK「日曜美術館・アートシーン」で「素朴美の系譜」(松涛美術館)を紹介していた。

その中で「刈萱(かるかや)道心と石童丸」の絵を紹介していた。

「石童丸(いしどうまる)って遊ばなかった?」と夫に聞くと夫は知らないと言う。

じゃんけんグリコという子どもの遊びがある。

じゃんけんのグーが「グリコ」で3歩進む。チョキが「チョコレート」で6歩進む。パーが「パイナップル」で6歩進むという、誰もが遊んだことのあるゲームだ。

これの違うバージョンで昭和30年代に数回遊んだことがある。

グー=石なので「石童丸(いしどうまる)」
チョキ=二本指なので「二宮金次郎(にのみやきんじろう)」
パー=五本指なので「五郎十郎(ごろうじゅうろう」

石童丸とは、こちら
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石童丸物語
出家した父を探して高野山まで尋ねてきた子どもの話。父が刈萱道心。

二宮金次郎は言うまでもなく、二宮尊徳。薪を背負って本を読んでいる銅像で有名だ。戦前の修身代表格で小学校にはたいていこの銅像があった。秀れた農政家だったと言われている。

五郎十郎は曽我兄弟。父親の敵討ち(源頼朝側近・工藤祐経を討つ)で有名だ。
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詳しくはこちら。
ウィキペディアより

じゃんけんポン、チョキ「にのみやきんじろう」と言って9歩進む、パー「ごろうじゅうろう」で8歩進む、グー「いしどうまる」で6歩進む。

夫は同世代だが、まったく知らないと言う。

先ほど「じゃんけんゲーム」でGoogleで調べたら(調べ方が悪かったのかもしれないが)、この遊び方はなかった。

もう一つ。
「♪はるかかなたを眺むれば、十七八の姉さんが、花と線香手に持って」というの、知ってる?と夫に聞くとやはり全く知らない、と言う。

手遊び歌だったと思う。

「♪私は九州鹿児島の西郷隆盛の娘です。・・(歌詞忘れた)
お墓参りに参ります。お墓の前で手を合わせ・・(忘れた)
その時その時火の玉がふうわりふわりとじゃんけんポン」

最後にじゃんけんで終わる。

これも、Googleで検索すると出てくる。
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一かけ二かけ三かけて
(音が出るので注意)

上のページの2番目、「鹿児島/江藤淳「南洲残影」文藝春秋刊より」で紹介されている歌詞が私が歌っていたもの。

この歌で遊んだのは、10歳前だろうな。

ウチには明治26年生まれの祖母がいたので、その影響だと思う。

祖母が「♪カチューシャかわいや わかれのつらさ」と鼻歌に歌っていたことがあった。めったに歌など歌わない人だ。

言うまでもなく、女優松井須磨子の「カチューシャの唄」(大正4年1915年)だ。「復活」の劇中歌として歌われた。

母が、「あんな田舎で暮らした人なのに、この歌を歌うのだから、よほど流行したんだね」と言っていた。今のようにテレビやCDがあったわけではない。

カチューシャの唄についてはこちら
↓ ↓
ウィキペディア「カチューシャの唄」

さらにもう一つ、夫に聞いた。
「♪え〜奴さん、どちらへ行く。(忘れた)お供はつらいね」というの知っている?

まったく知らない、と言う。夫は都会の核家族育ちだから縁がない。

私は祖母がらみで、耳にしたのだと思う。

江戸端唄とのこと。これも調べるとあった。実際の節回しも聴くことができる。
 ↓ ↓
こちら 「奴さん」

今でもお供をしなければならない時など、「サテ、おと〜もはつらいねっ」というせりふが出てきたりする。

子どもの頃、こんな明治・大正文化に染まって暮らしていたのだ。それが、今や21世紀、グローバリズムのITの時代だもんね。不思議の思いにとらわれる。

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