2009/1/9

そして、私たちは愛に帰る  映画

久しぶりに映画を見てきた。また、シネスイッチ銀座だ。前回(「未来を写した子どもたち」鑑賞)、予告編を見て、ちょっと見てもいいかな、と思った。

そして、私たちは愛に帰る - goo 映画


ドイツとトルコを舞台に、トルコ人父子、トルコ人母子、ドイツ人母子の3組の運命を描く。

いい映画なんだけど、見終わった後は何か物足りない。微妙〜。

シナリオは、時間や空間を交差させ、人物の出会いや別れを巧みに描く。技巧的だ。カンヌ映画祭最優秀脚本賞を受賞したのも納得。俳優さんたちもいい。

けど、いまいち作品に感動できない。シナリオの構成に凝っていても、人物があんまり描けていないんじゃないかと思う。

特にトルコ人の娘の描き方が中途半端だ。何故、彼女が反体制武装組織に入ったのか、よくわからない。

そこがちゃんと描かれていないと、若いモンの軽はずみの、尻拭いを、親がするのね、みたいな感じになってしまう。

で、結局、「親の愛は深いのよ」っていう教訓話に落としこまれかねない。「私たちは(親の)愛(のありがたさ)に帰る」のか?

もう少し「子」をしっかり描いてほしかった。

それはともかく、子を失った母の慟哭は、ルール違反だよ。スクリーンが涙でかすんで見られなくなる。

先日、カンボジアで亡くなった中田厚仁さんについての番組を見た(再放送だったと思う)。私は厚仁さんの父親の武仁さんの講演を聞いたことがある。

厚仁さんが旅立つ時、荷物に梅干やら虫除けやら胃薬やら詰め込むお母様の話に涙が止まらなくなった。亡くなったという知らせを受けた時の話などは辛くて、また気丈な武仁さん態度にも、涙が出た。

講演終了時、友人たちの顔を見ると、みんな涙でぐずぐずになっていた。

子を失う話は辛過ぎる。

(今ガザでは子どもたちが犠牲になっている。ニュースに父母の慟哭が映らない日はない。即時停戦を。イスラエルは攻撃をやめよ。)

あんまり見ることのないトルコとドイツの話なので、本筋と違うところで、初めて知ることも色々あった。それが映画が面白いところだ。

トルコ人の父親は、ドイツ在住移民。労働力不足を補うため、ドイツは大量のトルコ人労働者を受け入れた。現在、在独トルコ人は270万人になるという。

この父親は、年金で暮らしている。移民でも年金でそこそこの暮らしができるんだなぁと思った。息子を大学までやり、息子は大学教授だ。

団塊の世代のドイツ人の母親は、インドへ旅している。ドイツでもそういう若者のブーム?があったのだね。

ドイツの大学食堂は3ユーロで、食べられるらしい。500円足らず。日本でもそんなものかな。

トルコの女子刑務所にいる受刑者はほとんどが夫殺し(と登場人物が語っている)。確かに、映画の中でも男たちは女性に対して威圧的、暴力的だ。

女子刑務所は、大きな部屋に2段ベッドがいくつも置いてあって、なんか合宿所みたいな感じ。自由にタバコは吸っているし、本も自由に読めるみたい。日本の刑務所と、まったく雰囲気が違う。

トルコというと、カッパドキアとか、「土」っぽいイメージだけれど、茶畑風景があった。映った途端、「お茶じゃん」、と思った。やがて近づくと老婆が茶摘をしていた。

これはトルコのどの辺なのだろう。地名が出ていたけど、忘れた。黒海沿岸かなぁ?

映画の中でも「チャイを飲みますか?」というシーンが2度あった。「トルココーヒー」というのがあるくらいだから、お茶よりコーヒーかな?と思っていたのだが、そうでもないみたいだ。

とか、いろいろ、発見があった。

今年は、昨年よりも映画を沢山見たい。それも、いろんな国の映画を見たいと思う。そう思うと、今年初映画としては、まずまずだったかな。
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