2009/6/30

「紅一点論」  本・文学

斎藤美奈子著「紅一点論」ちくま文庫

斎藤さんの本は、結構好きだ。「それを言っては身もふたもない」分析だったりするのだが、でも痛快。

この本は「紅一点の国」「紅の勇者」「紅の偉人」の3つの部分からなる。

「紅一点の国」はアニメ・特撮のヒロインを分析する。それらに登場する女性のキャラクターは4つに分けられるそうだ。

魔法少女(女の子の国のヒロイン−魔法使いサリーちゃんとか)
紅の戦士(男の子の国−友里アンヌ隊員、モモレンジャーとか)
悪の女王(悪の帝国のヒロイン=大人の女)
聖なる母(脇役)

そしてそれぞれの性格を詳しく分析するのだ。

「紅の勇者」は(1)「リボンの騎士」から「セーラームーン」まで少女戦士、(2)「ヤマト」「ガンダム」「エヴァンゲリオン」組織の力学。(3)救国の少女「ナウシカ」など。

ヤマトもガンダムも、ましてエヴァンゲリオンなど全く知らなかったので、初めて、そういう物語だったのか、と知った。でも、あんまり関心なし。どうでもいい。

最後の「紅の偉人」が結構面白かった。つまり女性の伝記の3大有名人、ナイチンゲール、キュリー夫人、へレン・ケラーを取り上げる。子どもの頃からおなじみの面々だ。

でも、ナイチンゲールが90歳まで生きたって知ってました?

ナイチンゲールは「白衣の天使」というより「すご腕実務派ばばあ」だったそうだ。言葉と数字の人、統計学を駆使して、病院の衛生改革につなげた。情報収集力と綿密な調査、解析力こそ称えられるべきものとのこと。

キュリー夫人は必ず「夫人」として描かれるところがミソ。恋愛の人、よき妻よき母であって、ノーベル賞を2度にわたって受賞した偉人。

が、そんなことはありえない。「夫人」を取った「マリア・スクロドフカ」、良き妻良き母でないマリーそのものを描くべきなのだ。

ヘレン・ケラーはサリバン先生との出会いを描いた「奇跡の人」だけで語られることが多い。その枠には収まりきらない人のようだ。

彼女は講演会に飛び回ったが、教会のような辛気臭い場所より、「寄席」のような場所で話すことを好んだという。ウィットに富んだショーガールの趣さえあるそうだ。

伝記でも女性の偉人は魔法少女、紅の戦士、聖なる母、で描かれている。

アニメ、特撮、伝記に現れるステレオタイプの女性像は、もううんざり。もっと多様なもっと個性的な、そして当たり前の、普通の女性像を描いてもらいたいと、つくづく思ったことだった。
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2009/6/29

トニー賞  音楽

NHKBShi「名曲探偵アマデウス」でモーツァルト「ジュピター」をうっとり聴いていたら、NHKBS2「トニー賞授賞式」の前半を見逃した。

トニー賞の結果はなんとなく知ってはいた。今年は「リトルダンサー」が作品賞など主要部門を受賞したと。

「リトルダンサー」はイギリス映画が元になっている。この映画は01年の冬、見に行った。東京に用事があり朝早くに出かけ、その後が暇になってしまったので、映画でも見るか、と「シネスイッチ銀座」に行った。

レディスデーだったので「リトルダンサー」は混んでいた。何十年かぶりの立ち見で見たのだった。

もともとダンス・歌の映画は大好き。炭鉱労働者の反骨精神あり、家族愛の物語であり、良い映画だった。

主役の少年は成長して、確か「父親達の星条旗」にも出演していた。

今年のブロードウェイは映画をミュージカル化したものが多かったそうだ。アニメ「シュレック」もその一つ。どうやってミュージカルにしたのだろう?と思うが、あの「ライオンキング」だってミュージカルにしてしまうわけだから、ブロードウェイにしてみればお手の物なのだろう。

来年は「スパイダーマン」を舞台化してしまうらしい。

ミュージカル「リトルダンサー」の少年役はトリプルキャスト。その3人が主演男優賞を受賞した。受賞スピーチが初々しかった。ミュージカルの音楽はエルトン・ジョン。この舞台、日本で上演されることがあるのだろうか。

この日、受賞したのは、演劇部門でジェフリー・ラッシュやマーシャ・ゲイ・ハーデンなど映画でも有名な俳優さん達。会場には、ジェーン・フォンダやスーザン・サランドンの顔も見えた。

ミュージカルリバイバル部門は「ウェストサイドストーリー」や「ヘアー」。見逃したパフォーマンスはyou tubeで見た。「ウェストサイドストーリー」のダンスは切れが素晴らしくて、本場はすごいと改めて感嘆。

リバイバル部門は結構楽しい。昨年は「南太平洋」の「魅惑の宵」など有名な歌を聴くことができた。

今年のリバイバル部門受賞はは「ヘアー」だった。70年代日本でも上演されて大きな話題になったが、私はそのほとんどを忘れてしまった。「ジーザスクライストスーパースター」とごっちゃになっている。「アクエリアス」という歌があったような・・・。

今「ヘアー」が上演される意味は、何なのだろうか。「蟹工船」と同じ?・・・てな訳ないか。
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2009/6/28

観戦できずガンバ戦  サッカー(マリノス)

今日は、とても大切な用事があり、日産スタジアムには行かなかった。

でも、ここから勝利を祈っていた。
クリックすると元のサイズで表示します
(携帯写真) マリノスがガンバと試合中です。

勝てなくて残念。今年は、こういうことの繰り返しなんだろう。でも少しずつでも進歩していってくれたらいい。

応援の皆様、雨の中、お疲れ様でした。ありがとうございました。

(今、コンフェデの3位決定戦を見ているけれどスペイン苦戦中。延長です)
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2009/6/27

劒岳 点の記  映画

画面がきれいそうだったので、「劒岳 点の記」を見に行って来た。

開映前にチケットは売り切れ。中高年の観客を集めているようだ。

(全部の回のチケットが完売になっていたのは「エヴァンゲリオン」だった。人気あるんだねぇ)

とにかく山を登っている映画。秋、春、夏、様々な劒岳の風景が見られる。

人間ドラマはあまりない。

映画が進むにつれ、俳優さんたちの顔が引き締まっていく。知らない俳優さんたちも皆いい味を出している。

謙虚で、誠実、ひたむきな男達は魅力的だ。昨今は自分を売り込むばかりのさもしい顔がテレビにあふれているからね。

側量班や案内人、登山家に比べると、軍人さん達があんまり様になっていない。昔の俳優の方が軍人らしかったと思う。

映画の中でカッコいいのは猟師の人。雪渓を滑り降りるシーンなんか惚れ惚れする。

とにかく、美しい風景と、山に挑む男達の顔を見るだけで、満足できる映画。気持ちがいい。

つまんない話だけど、「○○だっちゃ」というのは富山弁なんですね。「うる星やつら」のラムちゃんみたいで何だか可笑しかった。
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2009/6/26

M・ジャクソン急死  音楽

朝、M・ジャクソンの死を速報で知った。

びっくりしたが、どこか「やっぱり」と思った。みんなそうじゃないかな。ジョン・レノンの時とは違う。

M・ジャクソンは心身ともに具合が悪そうだった。ずっと少年でいたかった彼は長生きは出来ないような気がしていた。

M・ジャクソンが次々ヒットを飛ばしていた頃はあまり知らない。もうヒットチャートを追いかけることをしなくなって数年が経っていた。だから、日本のテレビでそのマネをするようになってから、歌やダンスを知った。

むしろジャクソン・ファイブの時の方がリアルタイムで歌を聴いていたと思う。

「マイケル・ジャクソン」で思い出すこと。

〜イギリスから帰ってきたばかりの甥っ子(6歳)が、私達が「マイ・ケ・ル」というのを聞いて「違うよ、マイコォだよ」と発音を訂正した〜

6歳の子も知っていた「マイコォ」。

日本でのコンサートをテレビで見た時、つくづくすごい人だと思った。声帯と身体全体を使って、声を自由自在に操る。あの能力は天才というしかないと思った。

ダンスはもちろん。信じられないほどカッコよかったよねぇ。

あのコンサートで、彼は群馬の幼児殺人事件被害者に哀悼の意を示した。世界の大スターが異国の被害者に気持ちを表すのは珍しいことだった。彼の人間性に感銘を受けたのだけれど・・・。

(この事件は、結局犯人はわからなかった)

そんなこんなを思い出した。

不世出のエンタティナーのご冥福をお祈りします。
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2009/6/25

サッカー少年の思い出  サッカー(その他)

私達の世代ではサッカーはマイナースポーツだった。東京オリンピックで初めて日本のサッカーを知った。

その頃、中学の部活でも人気は野球。王・長島が中軸になり、巨人の黄金期が始まりつつあった。東京五輪の時は巨人は優勝できず、長島も王も五輪観戦だった。そこで知り合った「花の五輪コンパニオン」と二人とも結婚した。(もう奥様二人ともお亡くなりになったんですね)。

野球部の次に人気はバスケット部。陸上部、卓球部、軟式テニス部、体操部だったと思う。

サッカー部はそれでも熱心に練習していた。

その中にS君がいた。がっちりした体格で、運動神経抜群というより根性タイプ。いつも土まみれ泥まみれの印象がある。勉強はできなくて、たぶん、クラスでビリかその上あたり。

授業中寝てばかりいた。

当時の英語の教師W先生は、私は実力があったと思っていた。米軍放送を聞いている話をしたり、発音も戦中派の他の教師とは比べものにならなかった。

だが、男子生徒は皆、W先生を嫌っていた。出来る生徒と出来ない生徒をはっきり差別していた。

ちょっと不良っぽい反抗的な生徒が机に教科書を出さなかった。W先生が注意してもそっぽを向いていた。すると先生、「ちょっと来い」と彼を連れ出した。

しばらくして彼は戻ってきたが、その様子から、殴られたんだなとわかった。

W先生は順番に生徒を指名して答えさせるが、S君は飛ばした。授業終了後、S君は「オレを指さなかった」と怒っていた。

単純だった私は「寝ているから仕方ないじゃない」「勉強すればいいのに」と思っただけだった。

S君はバンカラだったが、笑うと愛嬌のある顔になる。なんとなくクラスの中心だった。

冬のマラソン大会。女子はみんな頑張って、それなりいい成績だった。だが、男子は陸上部の1〜2名を除いて、集団で最下位ゴールだった。

当然クラスは学年最下位。

女子が怒った。首謀者はS君だった。でも女子に叱られると「わりぃわりぃ」と小さくなっていた。

その彼が、埼玉県のサッカー強豪高校から、声をかけられた。

彼は有頂天だった。前にもまして授業に身が入らなかった。

サッカー部から声をかけられても、今のような推薦制度はなかったから、それなりの点数は取らなくてはならなかった。

しかし、彼は教師達が何度注意しても「オレはもう高校進学が決まってるんだ」とへらへらしていた。

高校の合格発表の日。

クラスの様子が変だった。

英語の授業。彼は窓際でずっとカーテンで顔を隠していた。

珍しくW先生がS君を指した。反応がない。もう一度、名前を呼ばれた。

すると彼は「先生にオレの気持ちなんかわかりっこない!」と叫んで、さめざめと泣いた。

高校入学して2週間くらい。電車通学になった私が駅から出ると、「お〜い、○○」と呼ぶ声がする。S君だった。

スーパーに就職したとのことだった。それ以来、一度も会っていない。元気だろうか。

高校不合格になったことでサッカーをあきらめたりしなかったろうか。ずっとサッカーを好きで楽しんでいてくれたらいいなと思う。

その頃、私がこんなにサッカーを好きになるなんて予想もしなかったよ。
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2009/6/24

浦和戦再放送  サッカー(マリノス)

昨日夜11時から浦和戦の再放送を見た。

テレビで映るバックスタンドは、椅子やレインコートの色合いで自然とトリコロールになっていてきれいだった。

ユニフォームはやっぱり可愛い。坊主頭には(3番とか30番σ^┰゜)は囚人服に見えてしまうけれど、他は似合っていた。勇蔵に似合うのは意外だった。

(このユニ、浦和の山田直輝クンが着て、ゴムヒモつきの白い帽子をかぶると可愛いだろうね、なんて話をスタジアムでしていたんだ。浦和の皆さんゴメンネ)

始まる前、2連戦で負けたりしたら不幸のユニになるね、と言っていたが、どうやらラッキーユニになりそうだ。

スタジアムで見るのと印象が違うところもあった。

山瀬は、スタジアムで見ていた時は、前半囲まれてボールを奪われることが多くて、やりにくそう、と思ったんだけど、テレビで見るとそんなことはなかった。すごく積極的意欲的に「浦和サポ陣取るアウェイ」ゴールに迫っていた。

高原は前半笑顔だったんだね。CKまで蹴って楽しそうだった。だけど、後半は段々表情がなくなった。あんなにすごい恐怖のFWだったのに、今は全然怖くない。何故?

鈴木啓太もオシム監督時代は代表不動のボランチだったのに、全く呼ばれなくなってしまった。選手紹介の時、「そういえば、啓太がいるんだった」と思い出したくらいだ。

ゴールシーンはハイライトやニュースで何度か見たけれど、試合としてみるとまた違う感じがする。ゴール前にあれだけ選手が走りこんでいることが偉い。

スタジアムでは、ユニの背番号が見にくかったし、雨で髪型も区別できない、スパイクも裕介以外はみんな同じようで、狩野や坂田、山瀬、兵藤、勇蔵や小宮山までが区別つかなくなったりした。

だから、狩野のスルーパスやアシストがよくわからんかった。

気が利いているが軽いプレーはすぐ「狩野」とわかるから、またミスって、と怒ったりしていた。でもテレビで見ると頑張っていたね。

ところで、俊輔問題、マリノスサポ・ファンのいろいろな感想がblogにアップされた。

一番近い感想はBluesmanさんの「ゴール裏から愛をこめて」6月23日分かな。

ただ、ところどころ意味がわかんないんですけど。
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