2009/7/22

川遊び  季節

今年、朝日俳壇で同級生の浅賀君の句

「こどものころ私は夏の川だった」

が、俳壇の一番先に掲載されていた。

母が「金子兜太さんが選びそうな句だね」と言った。

浅賀君の言う「夏の川」は「荒川」だろうか。

母が小学生の頃(つまり昭和初期)、毎日毎日荒川に泳ぎに行ったそうだ。友達が呼びに来ると、水着を着た上に服を着て、手ぬぐいの片方の先にパンツを入れ、もう片方におにぎりを入れて、出かける。一日中荒川で遊んですごしたそうだ。

まさに「夏の川だった」わけだ。

母の頃はもちろん、私たちの頃も学校にはプールがなくて、地区のプールと川だけ。当然水泳指導なんかなくて、勝手流。

(小学校も中学校もプールはなく、高校になって初めてプールがあった。体育館も高校になってから。雨が続くと体育がなくてつまらなかった)。

私は荒川で泳いだことは一度しかない。中学1年生の時だ。その頃はもう砂利取りが荒川にもかなり入っていて泳げる場所が少なくなっていた。

その代わりに、河川敷にそれなりの広さの穴を掘ってそこに荒川の水を引き込み簡易プールが出来ていた。友達に誘われてその簡易プールに行ったのだが、その日は水が濁っていた。

それで、川本体の方へ行こうということになったのだと思う。遊泳範囲は白旗と白旗の間だけで、50mくらいだったろうか。

PTAの母親達が見張りに立っていた。その日は雅子様主治医となったT教授のお母さんが頭に手ぬぐいをかぶって見張りをしていた。
(T教授とも同級生)

荒川の流れが意外に早くて、ちょっと怖かった。川底も小石がごろごろという感じだった。友達は対岸まで泳いで行こうと言ったが、私にその勇気はなかった。対岸の岩の上からは男の子達が盛んに飛び込んでいた。

川遊びというと、なんといっても「浦山川」だった。今は浦山ダムが出来てしまって、昔の面影はないと思うけれど、行ってみないから今の様子はわからない。

秩父鉄道の「浦山口」駅を降りて10分くらい歩くと、浦山川キャンプ場に出る。谷川が蛇行して、流れがゆるくなったところ。浅瀬で、ちょっとした砂地もあって、川遊びには絶好だった。対岸にも簡単に渡れるような小さな川だしね。

水は冷たく澄んでいた。めだかのようなちいさな魚が泳いでいた。

最初は冷たく感じた水も遊んでいるうちに慣れてしまって、飽きもせず泳いだりもぐったり、流れに押し流されるのも楽しい。谷川の石の上に乗って日向ぼっこも気持ちいい。ここは子ども達でいつもあふれていた。

海の水と違って、川は肌がべたべたしない。砂が張り付くこともない。

浦山川は小学生だけで遊びに行った。秩父駅から4つ目くらいで、確か運賃は10円くらい。おにぎりを持って朝出かけて夕方に帰った。今は子どもだけで川遊びに出かけるなんてことは許されないだろう。

帰りに浦山口駅にある水飲み場で水を飲む。この水がおいしかったなあ。

ある時、にわかに空が暗くなり、これは「雷が来る」と大急ぎで駅へ走った。本降りになる前に電車に乗れた。電車の中は子どもでいっぱい。土砂降りの雨と雷鳴。電車は途中で止まった。

今、Googleで「浦山川」の記事を探して読んだが、「雷雨が多い」と書いてあったので、「そうだったなぁ」と思い出した。

今、検索で出てくるのは釣りかハイキングばかり。川遊び・泳ぎの話はない。

今は「流れるプール」や「ウォータースライダー」もあるしね。わざわざ不便な川まで出かけないだろう。

「今は昔」の川遊びの話でした。
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