2009/8/30

観戦しませんでした。  サッカー(マリノス)

昨日は三ツ沢には行けなかった。

テレビも少ししか見られなかった。

先発メンバーお知らせ携帯メールを見た時、兵藤も坂田も先発じゃないんだ、とチラっと思った。

田代のことはPKを取られてから気づいた。初先発だったんだ。松田がいて小椋がいてアーリアがいて田代?

マリノスサポやファンのサイトを見ると田代起用にみんな疑問を呈していた。

木村監督お得意の博打ですか

私がテレビを見ている時は、相変わらずのサッカーで、もうほんとに嫌なんですけど。

後半の交代の時、「え?松田じゃなくて小椋下げてクナンなの?」と文句言った途端、松田のロングパスからクナンが得点。クナンは冷静だったね。

「私たちが悪口を言うと、その選手が活躍するのかも」「じゃ、もっと言っちゃおうか」等と馬鹿なことを言いあった。空しいT_T

以下、杉山茂樹著「日本サッカー偏差値52」より

「選手を起用しているのは監督だ。戦術を決めているのも、布陣を決めているのも監督だ。繰り返すが、サッカー監督はいわば独裁者だ。すべての責任は監督にあると言っても言い過ぎではない『強者』だ。」

「『選手に勝つ気がない』とか、『気合が足りない』とか、弱者に精神論をもって叱りつける解説者にも信用性を抱けない。選手を乗せられないのも監督の責任なのだ。」

「不成績の一番の原因は、指導者であり監督。まず選手ではない。むしろそのわりに選手は、良くやっているというべきだろう。」

そして、「9割のシーンで求められるのは定石」。奇抜さや博打じゃない。

「実際には、選手に特別に高級なプレイを求められる機会は思いのほか少ない。8、9割のシーンにおいて期待されているのは、むしろ常識的なプレイだ。シンプルなプレイをオートマチックに演じることだ。」

そうです。連動性。

最後にサッカーの魅力。
「意見が割れるところに、エンターテイメント性がある」
「観戦者が、それこそ十人十色の感想を持てるところに魅力が凝縮されている」

だから、監督を批判するな、チームの足を引っ張るな、だけじゃない、多彩な議論をした方がいい。それこそサッカーの魅力。

そして、やっぱりチームの勝利の責任は一義的にチームにある。サポーターやファンの責任じゃない。

サポーターや観客の応援が足りなかったと反省の弁は弁として、そこに自責の念を持つ必要はない、と思う。

「何より、あってはいけないミスが多すぎる。Jリーグでは(中略)凡プレイを、当たり前のように目にすることができる。だが、テレビの解説者は、そのミスの重大さを指摘しない。観衆も感情を露わにしながらも、よくある話として見逃している。お互いがお互いの傷を舐めあっているようにさえ見える。これでは選手の偏差値は上がらない。ファンの偏差値も解説者の偏差値も同様。独特な世界に埋没することになる」

偏差値という言葉は嫌だけど、「能力」「質」「理解力」と言い換えれば、この杉山さんの言葉はうなづける。

ともかく、次、勝ちましょう。
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2009/8/29

最高裁判事国民審査  生活

明日は衆議院選挙だ。それと同時に最高裁判事の国民審査がある。

何も書かなければ信任したことになる。

わからなければ、全員にバツ×を!

特に竹内行夫には×

その他、近藤、那須、竹崎に×

詳しくは以下のサイトを参考にしてください。

⇒最高裁裁判官国民審査の判断基準(パワー・トゥ・ザ・ピープルより)(村野瀬玲奈の秘書課広報室)

⇒「9人の裁判官略歴や最高裁で関与した事件の判断」(パワー・トゥ・ザ・ピープル)

⇒「竹内行夫にバッテンを!」(きっこの日記)

⇒衆院選の投票で最高裁判事の国民審査も忘れずにね」(カナダde日本語)


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2009/8/28

コンサート  音楽

かなり前にチケットを買っておいたバイオリンコンサートへ行って来た。

「五島龍」君です。

横浜みなとみらいホールでの公演。

観客の8〜9割が女性だ。後期高齢者から若い女性まで幅広い年齢層の女性がつめかけていた。こんな、孫や息子、甥、弟、彼氏だったらいいなぁと言う思いかしら?愛されキャラだと思う。

チケットは即日完売だったらしい。

私は「イープラス」の先行発売で、どうかな?と思いつつ申し込んだらチケットを入手できた。嬉しかった。

チケットといえば、今年11月下旬に「内田光子」さんのコンサートがある。その先行発売の日、11月に行けるかどうかわからないと、すぐにチケット申し込みはしなかった。でも気になって夕方「イープラス」にアクセスしてみた。すると「予定枚数終了」だった。即日完売。

クラッシックファンも畏るべしだ。

さて、五島龍くん。

プログラムは「ベートーベン:ヴァイオリン・ソナタ第5番 へ長調」(のだめカンタービレで峰くんが試験で弾いていた曲)、「バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調)、「ミルシュタイン:パガニーニアーナ」、「サン=サーンス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第一番」

アンコールが「パガニーニ:《ゴッド・セイブ・ザ・キング》による変奏曲」と、サン・サーンス:序奏とロンドンカプチオーソ イ短調」。

ベートーベンのソナタ、最初の音が響いた途端、なんと伸びやかな明るい音なんだろうと思った。

あんなに小さな楽器なのに、ホール全体に音が響いていく。高い音がきれいにふくよかに広がる。

バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタは、逆に低音部がぐんぐんと耳に迫ってきた。

そして、天上に昇りつめるような崇高な気持ちになる。

ガチッと組み立てられている音楽だと思った。だから、時にギクシャクするような感覚も覚えた。

サン・サーンスの曲になると、メロディラインがきれいで、バッハとは違うなぁと思った。龍君は気持ちよく音楽の流れに任せて弾いているように思えた。

ヴァイオリンコンサートと言うと、千住真理子さんや名前度忘れしたけど、何回か聴いたことがある。そのどの時よりも音はきれいに響いていた気がする。技巧も軽々こなすと言う感じだ。満足満足。

4曲を弾き終えた時、盛大な、熱烈な拍手が送られた。

でも「ブラボー」と言う声はなかった。オーケストラでないと、そういう声はかからないものなのかな。確かにぐ〜んと盛り上げて終わる、という音楽ではなかったし。

私たちの席は2階バルコニー前の方、ステージ左側なので演奏者の背中を見ることになる。指の動きや弦の動き、演奏者の表情は見ることはできなかった。まぁ、音楽を聴きに来たのだからそれはいいや。

音楽を聴いているときはしょうもない考えがいろいろ浮かんで、時々ハッと我に返ったりする。ちゃんと聴かなくちゃいけない。

それと、シーンと静まり返っていると「わっ!」と声を出したくなる(笑)。そんなことありませんか?

式典なんか、みんなが真面目な顔をしていると笑い出したくなるのと一緒で、困ったものだ。

話が変な方へずれている。

コンサートの後、サイン会があった。長い列が出来ていた。そりゃそうだ。

でも私たちは五島龍君の一番新しいCD(ヴィバルディ「四季」)を買って、帰宅の途についた。

家でCDを聴くととても気持ちよくて、コンサートでもらった沢山のチラシの中から「イ・ムジチ合奏団・四季コンサート」を見つけて、ネットでチケットを購入してしまった。またコンサートに行くのが楽しみだ。

今はクラッシックが心を癒すみたい。

五島龍くんを見ていると、神様に愛されている人っているんだなぁと思ってしまう。天賦の才。これから、もっと成長して、成熟して、並みのバイオリニストでない新しい境地を切り開いていって欲しいと思う。
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2009/8/27

夏の終わりに  政治

夏の終わりはいつも寂しい。寂しさついでにこの夏亡くなった方を想ってみた。

6月の終わりにはマイケル・ジャクソン。夏の世界水泳大会の最中に古橋広之進さん.
大原麗子さん、エスパニョールのハルケ主将。

政治家でも、アキノ元大統領、金大中元大統領、そして今日はエドワード・ケネディ氏の訃報を聞いた。

歴史がひとつ曲がり角を曲がったという気がする。

ケネディ家の訃報と言えば、まずジョン・F・ケネディ大統領暗殺がある。あの日のことはよく覚えている。

東京オリンピックに備えて初めての日米衛星テレビ中継がある日だった。

初めてのアメリカからの中継は「ケネディ暗殺」を伝える内容だった。ケネディ暗殺の速報は伝えられていたと思うが、衛星中継の内容がまさか「大統領暗殺」になるとは思わなかった。画面を食い入るように見た。

その放送を見た後、夕刊の配達が待ち遠しくて、家の門に立って新聞配達員を待っていた。新聞を受け取って紙面を開いた時のことを今でもはっきり覚えている。

その新聞の切り抜きは今でも手元にある。幼いジョン・F・ケネディJrが父の柩に向かって敬礼している写真(記事)もある。

(このジョン・F・ケネディJrは自ら操縦する飛行機の事故で亡くなった。ダイアナ妃亡き後、雑誌「バンサンカン」等ではナンバーワン人気のセレブだった。奥様も素敵だった。今は、もうそういう人はいないような気がする)

中学1年生だったと思うが、現職大統領の暗殺というのはかなりショックなことだった。図書館でケネディがピュ−リツァー賞を受賞した「勇気ある人々」を借りてきたりした。この本は途中で挫折した。

が、「人はどう生きるべきか」を初めて考えたのはこの事件と著書がきっかけだったと思う。

ロバート・ケネディ暗殺の時は、前に書いたことがあると思うが、高校3年の遠足の日6月6日だった。多摩御嶽山へ行って、高校へ戻り、バスを降りると隣のクラスの友人(現・熱烈レッズサポ)が駆け寄ってきて「ロバート・ケネディが撃たれた!」と言った。

68年は4月にキング牧師が暗殺された。8月にはワルシャワ軍のチェコ侵攻があった。ベトナム戦争も続いていた。そうだ、68年1月にはテト攻勢があった。「路上の処刑」写真は衝撃だった。高校の図書館で、アサヒグラフ(?)=写真雑誌で見た。

激動の年だった。

話がどんどんずれるけれど、昨年読んだ堀田善衛の本に、「チェコ侵攻」の後のモスクワの新聞記者達の話があった。どの記者も「こんな記事は書きたくない」と嘆いていたという。つまり、ソ連でも「プラハの春」=自由化を望む人達がいたということだ。

エドワード・ケネディが亡くなって、ケネディ家の悲劇も少しずつ遠くなる。彼は不慮の死ではなく病死だったのはやや救われる思いがする。

この夏亡くなった人の中に、トニー・ザイラー氏がいる。冬季五輪アルペンスキー3冠王になった時のことは全く知らないが、映画スターとしての「トニー・ザイラー」は記憶にある。

大した人気だった。スキーと言えば、今でも真っ先にトニー・ザイラーの名前が思い浮かぶ。「白銀は招くよ」の歌も有名だし、日本でスキーが若者文化・レジャー文化になるきっかけだったのじゃないだろうか。スキー用のセーターもおしゃれだった。

トニー・ザイラーの次にスキーヤーというと、ジャン・クロード・キリー。かっこよかったね。グルノーブル五輪アルペン3冠。記録映画「白い恋人たち」(お菓子ではない)は見に行った。クロード・ルルーシュ(「男と女」で有名)他が監督し、音楽はフランシス・レイで、この主題歌はかなりヒットした。

グルノーブル五輪はこれも、68年なんだねぇ。なんだがこの五輪だけは別の時代の話のような気がする。そういえば、開会式にはド・ゴールも来ていたなぁ。

そうか、「パリ五月革命」も68年だった。ド・ゴールが大統領だった。別の時代ではありえないのだ。

1968年はいろんな意味で記憶に残る年。私の感受性が豊かだった時期なんだろうと思う。

「夏の終わり・訃報」の話が1968年の思い出話になってしまった。
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2009/8/26

涼しい  季節

昼間はまだ蝉の声がかまびすしいが、夜はコオロギの声が響くようになってきた。近くでススキも見つけた。(携帯写真)
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クヌギ並木のドンクリもちょっと前まで緑色だったのに薄茶色になってきた。まだ8月なのにね。

今年は涼しい。雨でなくて晴れでも気温がそう高くならない。高くても31度とか、32度位だ。

でも考えてみれば、昔はそんなものだった。30度を超えると暑いね、と言ったものだった。昨今のように35度超えが当たり前のなんてことはなかった。

だから、今年の夏は(長雨は別として)、私の子どもの頃の夏のようだ。

ただし、昔はもっと空が青くて、入道雲があって、陽光がきらめいていたなぁ。

涼しくて助かるけれど、この気温では冷夏なんだろうか。昔と同じなんて、言ってられないかもしれない。
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2009/8/23

残念だった柏戦(テレビ)  サッカー(マリノス)

小宮山のシュートはすごかった。ゴール裏まで駆けて行って、サポーター達と喜びを分かち合っていたのも、良かった。うるわしい風景だ。

今日はBSーNHKとBSーTBSを交互に見た。前半はマリノスがグダグダだったので、広島ー浦和の方を見た。浦和がリードされているって気持ちいいじゃない(笑)。

前半終了時、解説の金田さんが「マリノスは得点の可能性がない」と言っていた。

でも、あの浦和戦で4点取った柏を押さえていたのだから、改めて守備はいいなぁと思った。

テレビでマリノスの試合を見るのは本当に心臓に悪い。頻繁にチャンネルを替えた。

浦和の方を見ていたら、山瀬が退場になってしまった。

マリノス公式の監督インタビューを読んだら、監督は審判に対してすごく怒っていたね。

でも10人でコミーが先制したのだから、ここまでは良かった。

交代で河合が入って来た時、私は「え〜?」と思った。足の甲を傷めていたと聞いていたから大丈夫かなと思い、一方もう守りに入っちゃうわけ?と思った。

それで、ハラハラしてしまって、家事のためにテレビの前を離れた。意気地なしで情けない。

そしたら、0Gで同点。ガックリ。

現場からの報告を読むと、国立はとても暑かったらしいし、中2日の連戦もきつい。その上10人になってしまった。選手はよく頑張った。

けど、金田さんが言うように、やっぱり「攻撃」の形がないのね。

携帯で山瀬のコメントを読んだ。
「ボールが誰かのところに入ってから動くのでなく、ボールが動いている中で動き出したかった。一つ先を見越した動きが出せればよかったと思う」

その通りなんざんす。いつも私はそう思っている。監督はそれを「誰かが無理しなくちゃ」と言っているけど、そういう問題ですか?

それと狩野のコメントは「10人で負けなかったらまぁ良かった」だけど、小椋は「守り抜かなけりゃいけなかった。勝ち点2を失ったという気持ちの方が強い」と言っている。小椋のような気持ちでいて欲しいと思う。

〜なんて、「チキン」で試合もまともに見られない私が言うことではないな、スミマセン。

今日勝っていれば、大敗した磐田の上に行けたのに残念。

次の千葉。インフルエンザに感染した選手がいるとか。三ツ沢、大丈夫か?
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2009/8/21

追記:大宮戦  サッカー(マリノス)

もう明日は柏戦。

大宮戦の感想が簡単すぎたので、ちょっと追加。
(と思いつつ、結局、長文になりました)
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三ツ沢の夕空。秋の気配。涼しかった。

7時キックオフと勘違いしたので、三ツ沢に着いた時、まだ入場の列が続いていた。念のため、ホーム側自由席も見たところ、1人ぐらい座れそうにも思ったが、今ならアウェイ側自由席の前列に座れるなぁと考えて、移動。

すると「りえすけ」さん一行の割にそばだった

とても良い席だったのだが、計算外のことが・・・。

開始ちょっと前に来た男性が右隣に座った。その方、膝の上に肘を乗せて、前傾姿勢で観戦するんだよね〜。すると、頭がちょうどホーム側ゴールのところに来る。

つまり、その男性が、ピッチを2分割してしまう。視界が分断されちゃう。私は、身体を前にしたり後ろにしたりして、試合を見る。

以前ホーム側で見たときもそういうことがあった。三ツ沢の座席は狭いからなぁ。

まぁ、私が不便を我慢すればいいことだから、と黙っていた。やはり、身体を起こしてください、と言うべきだったかな〜。

試合前、中澤の300試合出場セレモニーがあった。22番のユニをきた男の子が写真パネルを渡すタイミングがわからずいると、中澤は声をかけていた。大型ビジョンで見たんだけど、子どもにいつも優しい。

(セレモニーの時、大宮サポからの拍手があったそうだけど気づかなかった。大宮のサポソングにも「♪どんなときでも」と同じ曲があるのですね)

試合開始直後はとてもいい感じだった。坂田はやっぱり早いしねぇ。前線が活性化する。でもカウンター、どフリーで打ち切れなかったのは悔いが残るね。こういうところを直していかないと真のエースにはなれない。

兵藤CK⇒渡辺ヘディングは見事だった。
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ゴールの瞬間。皆飛び上がる。嬉しくてすごい手振れ。

セットプレーで点を取るのを見るのは久しぶりな気がした。試合後の監督インタビューによると、松永GKコーチの仕切りだったらしいね。

(そういえば、相手セットプレーで何度も失点して、ゾーンプレス止めろとサポーターから散々言われた。最近は修正して完封試合が続く。これも松永コーチのおかげ?)

この後、神戸戦のようなゴールラッシュを期待したんだけどね

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後半。倒された兵藤。右足グルグルテープ。それなのに、また傷めたらどうしようとヒヤッとした。今日も攻撃に守備に走り回って、CKも蹴った。

河合キャプテンの復帰は大きかった。守備がすごく落ち着いた。いるだけで安心だった。昨年よく見られた持ちすぎも無かったし、リズムを作っていた。

交代ちょっと前、大宮のFWと小競り合いがあって、河合が報復の肘打ちをしたのにはドキッとした。相手もやり返していたけど、審判が見ていなくてよかったよ。

(報復はよくないけど、こういう闘争心・強い気持ちがなかったら、キャプテンは務まらないし、長いケガからの復帰も無かったと思う)

後半中盤以降、周りから「竜二、ヘロヘロ」「かわいそ〜」との声がずいぶんあった。足を痛めたので、次の交代は河合か、と思ったら、アーリアだった。これには周りからも「え〜なんでぇ?」「竜二、ますますかわいそう」と同情の声があふれた。

ようやく交代した時はほっとした。

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6番と5番。

時間が90分になったと同時に席を立った。無理して出てきたので、バスが込み合わないうちに帰ろうと思った。「♪ダレダレ」勝利の歌は、スタジアムの外で聴いた。

家に帰ってスポーツニュースを見たら、浦和や川崎の守備がボロボロ。マリノスの守備は大したもんジャン、と思ったりした。

とにかく勝ち点が大事。次も勝ち点を積み上げていきましょう。
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