2009/11/16

サッカーファミリー  サッカー(その他)

今朝NHKBSで「海外ニュース」を見ていた。

フランスの、ちょっとお馬鹿なニュース〜「現金を配ります」というネット広告を見て集まった人が多すぎたために中止になり、怒った若者達が大暴れした〜の後、ドイツのニュースが始まった。

最初のニュースがドイツ代表GKエンケ追悼式だった。4万人の人々が彼の死を悼んだ。娘を失い、今また夫を失った奥様も映った。憔悴しきった様子だった。気の毒でならない。

追悼式でツバンツィガーDFB会長が弔辞を述べた。

「わが子がドイツ代表になれるかもしれないと考えたとき、そこにある光の面だけでなく、人間の中にあるもの、弱さや不安についても考えてほしい。」

ニュースはこの一節を伝えた。

追悼式の様子はスポナビに載っている。
⇒「4万人がエンケを送る バラックらも追悼式に参列

今年は俊輔の同僚ハルケが心臓発作で亡くなるという悲劇があった。あのスタジアムでの追悼式(「鳥の歌」)も悲しかった。

背番号と同じ「21」分になったらサポーターが一斉に「ハルケ」と叫んだ時は涙が出そうになった。ほとんど知らない選手なのに。

こういう場にサッカー関係者が大勢集まると、「サッカーファミリー」とつくづく感じる。いや、本当はこういう場でなくて、嬉しい楽しい場で感じたいと思うけど。

昨日、また例によって「言いたい放題」の天皇杯川崎戦の感想を書いた。

そしたら、拍手をいただいてしまって、恐縮しています。

木村監督のことを悪く言いすぎなのかもしれない。実際に会ったことも話したこともないからね。私は試合後のコメントや「采配」で木村監督のことを考えるしかない。

コメントは監督の思いを伝える一番のメッセージだ。ここで私はいつも疑問不満不安を感じた。はぐらかされている、と思った。意味不明だった。

「ふれあいサッカー」などでその人柄を知っていると、また違ったのかもしれない。

もう一つ、言い方が過激になってしまった理由がある。

昨年来の「木村監督批判」への過剰な反応だ。ホント執拗だった。批判の「内容」への反論でなく、批判そのものを許さないスタンスだった。掲示板や日記を読んでいても息苦しかった。うんざりした。

木村監督時代というと、きっと、この息苦しさが思い出されるだろう。

だから、抑えてきた分、強い言い方になったと思う。

今日はかなりマリノス関係blogやハマトラSNSの日記を読んだ。マリノス愛だね。落ち込んでも、悲しんでも、批判しても、希望を語っても。

一つのチームのことで、これだけのことが語れるのは「サッカーファミリー」と思った。(ファミリーとか、ちょっと気色悪いか?)

若い人達は感受性が強いから、批判は「人格否定」のように感じてしまうのかもしれない。でも、「人格」ではなく、「行動」の批判だからね。悪態だって、愛情があるからだからね。

「スペイン対アルゼンチン」戦に対するアルゼンチンメディアの評:

「スペインは戦い方を心得ているが、アルゼンチンにはもはや体当たりしか残されていない。」って辛らつだね(笑)。

これくらいでいいんじゃない?監督も、選手もプロなんだから。言われてナンボだよ。

ハマトラの日記の多くと違って、私は今は割にスッキリな気分。

これから山瀬−狩野−坂田−千真の組み合わせが見られるかもしれない。そこに負けじと若手が絡む。

若手は出た時、その時間にどれだけ自分の能力を見せつけられるかが大事。

「我慢して」使ってもらうんじゃなくて、いつも「終わりがない」という気持ちで必死に戦い、実力でポジションを取るべきだ。うならせてくれよぉ。

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