2010/3/19

長谷川等伯展  展覧会

上野の東京博物館で開催中の「長谷川等伯展」へ行ってきた。

混んでいた。昼頃は入館まで「1時間待ち」と聞いていたが、3時過ぎになれば多少空くのではないのかと思っていた。

阿修羅展や正倉院展はそれでOKだったから。

が、甘かった。駅に着いた時から人が多いなぁとは思っていた。門まで行くと、「50分待ち」の表示。実際は40分くらいで入れた。

中に入ってからも激混みだった。屏風や襖絵は人の頭ばかりで全体が見えない。ガラスケースへ近づいて、部分部分を見ることしかできなかった。

そもそも、「等伯展」は行かなくてもいいかな、と思っていた。

国宝「楓図壁貼付」、「松に秋草図屏風」は智積院へ見に行っているし、国宝「松林図屏風」は、最近ほぼ毎年東京博物館で見ている。

本館の「今月の国宝」コーナーで、冬になると、この「松林図屏風」が展示される。本館の平常展示は、客が少ない。だから独り占めで見ることができるのだ。

それでも行こうと思ったのは、日本にある「等伯」作品ほぼ全てが展示されているというからだ。

能登時代の仏画、京都修行時代の絵、華やかに活動していた時期の絵、信仰に生きた時代まで網羅し、更に新発見の花鳥図屏風もある。

とにかく混んでいて、十分に作品を鑑賞することはできなかったが、それでも、「涅槃絵」を見ることができたので、行った甲斐はあったと思った。
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10mもある大きな絵だ。涅槃絵だから、釈迦を取り囲む人々、動物がみな慟哭している。龍や蛇も泣いている。悲しみのはずなのに、白象の慟哭はどこかユーモラスに感じてしまった。

等伯は期待していた息子を26歳の若さで亡くしている。その悲しみが描かれたものと言われている。

涅槃絵には思わず手を合わせてしまった。

その他は、有名な「千利休像」が等伯の手になるものと初めて知った。
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「松林図屏風」の前はやはりすごい人だかりだった。この絵を初めて見たのは、私が中学2年生の時だと思う。何度見ても、風格に圧倒される。

それ以外では、中国の故事伝説や禅僧に題材を取った襖絵がなぜか懐かしかった。

子どもの頃、田舎の親戚の家に行く、と、ここで、ちょっと説明。

実家のある「秩父」も十分田舎だろうといわれるかもしれないが、一応田舎の「町」だったので、デパートも映画館も書店も飲食店もあった。

親戚は、田園地帯。近くに「何でも屋」さんがある以外は田畑ばかり。遊びに行くといつも退屈した。

そして、所在無く、見上げる壁や襖の上には「中国風の絵」があった。今思うと、あの絵は「韓信の股くぐり」だった。

襖も水墨画だった。実家の襖は普通の模様だったから、中国水墨画風の襖は印象に残った。

等伯の襖絵・水墨画を見て、昔のことを思い出してしまった。中国の文化はそれだけ身近で、深く日本の文化に溶け込んでいたのだろうと思う。

仏画、襖絵は保存が難しいのではないだろうか。色がくすんでいたり、黒かったり、傷んでいるものもあった。

西洋画の修復のように、汚れた部分が落とせればいいのに、と思ったが、色の褪せた紙などはどうしようもないのだろう。それが少々残念。

長谷川等伯展は22日まで。夜8時まで開館している。6時を過ぎると空いてくるそうだ。これだけ等伯の全貌を知ることができる覧会はそうはないと思うので、お勧めします。
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