2010/4/23

文壇アイドル論  本・文学

斎藤美奈子「文壇アイドル論」(岩波書店)を読んだ。図書館で借りてきた。

2002年発行の本。

村上春樹論は1996年(「文學界」8月号)、俵万智論は1999年(「短歌と日本人」第4巻)だが、この単行本にする際大幅に書き換えたというので、2002年の論考と言っていいだろう。

8年経って「アイドル」たちも歳を取っている。この論考は今の彼らにも当てはまるか?そんなことも考えながら読んだ。

斎藤さんの評論はどれも好きで、これまでもいろいろ読んできた。この評論は、書名通り、「作家論・論」=文壇論であり、それが作家論にもなっている。

ふむふむ、くすくす(笑)というのが、斎藤さんの本を読む時の常態。ホントに面白い。思いがけない視点からの分析なので、なるほどねぇと感心してしまう。

当時「ノルウェーの森」が大ベストセラーであった村上春樹については、「村上文学がゲームソフトそのもの」であり、春樹論は「ゲーム攻略本」だった、と書く。

だから、私は村上春樹は好きになれないのか、と妙に納得してみたり。

RPGとか、私はゲームを知らない(やったことがない)。もし、村上文学がゲームソフトなら、読んだ後、いつも本を投げつけたくなるのはゲーム嫌いが原因かもしれない(笑)。文章はうまいし、道具立てもうまい。部分部分は感嘆して読んでいるのだが、全体を通してみると、つまり終わりまで来ると「バカにすんなよ!」という気分になる。

「1Q84」の売れ方を見ると、ゲームソフト論は当たっているような気もする×o×

文壇アイドルで上げられているのは、前記の村上春樹、俵万智、吉本ばなな、林真理子、上野千鶴子、立花隆、村上龍、田中康夫。

立花隆など、一応評価しつつ実はコテンパン。当然だ。最近の文章はもうろくして読むに値しない。
村上龍は「おっちょこちょい」で「こども」。

(「おっちょこちょい」という言葉を久しぶりに見て、思わずわが身を振り返ってしまった)

林真理子や田中康夫への評価が意外にも高かった。林真理子の「成り上がり」上昇志向を決して笑っていない。彼女の男社会での孤独な戦いに理解を示している。

小倉千加子の論を引きながら「『アグネス論争』が林真理子に与えた傷の深さ」を指摘している。アグネス論争の論敵上野千鶴子は本来なら友軍となるべきであったのではないか、とも。

斎藤さんは林真理子と上野千鶴子をネガとポジの関係と言う。曰く、
「リブの気分の継承者」・「リブの言説の継承者」、
「男社会に受け入れられたいという願望をあらわにし、逆に男社会から強烈なバッシングを受けた」・「男社会を舌鋒鋭く批判したわりに、男社会での居場所をちゃんと確保した」、
「非インテリ=田舎のねえちゃんの代弁者」・「インテリ=すくすく育った良家の子女」

この辺は私はわからない。林真理子といえば、「お茶くみ論争」の時に、「ソノアヤコ」や上坂冬子と組んで「いいじゃない、お茶ぐらい汲んであげれば」と、問題の矮小化を図った敵と思っている。彼女は「オヤジ」たちの好む論を代弁して、便利に使われつつ地位を築いたとも思う。文才はあるのだろうが、好きじゃない。

(この辺は、林真理子は地位上昇とともに「ソノアヤコ」化していったと斎藤さんも書いている)

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