2010/6/4

今年は梅干漬けず  生活

毎年3〜5kgずつ作ってきた梅干。段々余ってきて、人にあげたりもしたけれど、あんまり消費されない。今年は作る必要がなさそうだ。

母は毎年「梅干を持っていくか?」と聞く。「自分で漬けているからいらない」というと、「そりゃえらいね」とほめてくれる。

毎年繰り返す。
(実家の梅干って一体何年前のものだろう?最近母が梅干を作るのを見たことがない。)

今年も聞かれたので、いつものように「ウチにいっぱいあるから、いらない。」と答えた。

さらに「沢山あるから、今年は漬けないつもり」と付け加えると、

「たとえ10粒でも梅は毎年漬けるもんだ、とおばあちゃん(私の祖母)が言っていた」と言う。

そんな言葉、初めて聞いた。

「でも、母さん、都会では『梅干10粒』なんて手に入らないよ。キロ単位だからね。」

と言いつつ、「あ〜またしてもだ。母はいつも祖母の言葉を出してくる。いつまで祖母に縛られているのだろう」と思う。

真冬、暖房を入れずこたつで我慢しているのも「おばあちゃんは、あの寒い部屋でコタツ一つだったんだから、私がぬくぬく贅沢はできない」

母は一人娘だったから、ずっと祖母と暮らしてきた。今でも何かにつけて話すのは祖母の言葉。段々祖母との思い出話が増えてくる。

「母の日」に、母の好物の「虎屋の羊羹」を持っていくと、「おばあちゃんが、『1年中親不孝しているくせに、母の日1日だけで親孝行したつもりになるなんてバカバカしい』と言ってたっけね」と言う。

母のお説教に反発すると、「『親の言葉となすびの花は万に一つも無駄はない』とおばあちゃんが言っていた」

つまらない助言に対して「私だって、もう歳なのだから、それくらいわかるよ」と言うと「『いくら歳をとろうと子は子だ』とおばあちゃんが言っていた」。

母娘関係は、結構重たい。母を見ていると、祖母が亡くなって36年。いまだに母の中では祖母が目を光らせているようだ。

もう、おばあちゃんから解放されてもいいんじゃないの、おかあさん。

と言いつつ、こんな文章を書いている私も、母の言葉に縛られている。気にしている。

きっと私も「おばあちゃんが、こう言ってね」と娘達に言うのだろう。
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