2011/8/5

マツ 過去形では語れない  サッカー(マリノス)

昨日、仕事先で家族からのメールで松田直樹逝去を知った。そういう時に限って夜、会議があったりする。

帰ってスポーツニュースをはしごする。

松本での生活。「洗濯して干していったものが、凍ってた」なんて笑顔で語るマツ。今もそうやって生活している気がする。

昨年12月4日の映像。「マジサッカー好きなんすよ」「サッカー続けさせてください」サッカー続けて欲しかった。涙腺決壊。

だけど、まだ現実のことと思えない。

ふと、ジョン・レノンが亡くなった時のことを思い出した。私が今の歳の半分だった頃。

ジョン・レノンは青春の一時期、心を傾けた存在だった。声も歌も、ジョークも大好きだった。ジョンは40歳になって、久しぶりのアルバムを出した。「starting over」。

再出発の矢先、殺された。理不尽だった。どう受け止めていいかわからなかった。

だけど、私の日記にこう書いてある。
*****
「ニュースを聞いた時、しばらく実感がわかなかった。『40歳から再出発すると言っていた』という篠山紀信の話をTVで聞いた頃からジワジワと心の中を悲しみが浸し始めた。よりよって、なんでジョンが、、、こんな形で最期が訪れるなんてetc.etc.

そして何か、ジョンの様々な、行動や音楽や、作品や人生がこういう結末を迎えるためにあったような、ジョン・レノンの生涯が一つの神話として最初からあったような、そんな気がしてきた。」

私はビートルズの様々なエピソードを同時代人として立ち会った。

「そのひとつひとつが全てフィルムに焼き付けられたように固定した。すべて過去形で語られることになった。」

「それにしてもこの心の痛みは何だろう。悲しみが爆発しないだけ、悲しみが沈潜している。これからたびたび、何かの折りに悲しみが吹き上げるだろう。」

*****

ダイアナ妃が亡くなった時、マザー・テレサが「こういう方々の場合によくある悲劇」と語ったと思う。

松田直樹もそういう存在なのだと、思えて仕方ない。

だけど、だけど、ジョン・レノンの時のように、フィルムに固定されてない。まだ、まだ、過去形では語れないよ!!
2



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ